第1話~アナザーライフを開始する
「はぁ……今日で丁度一年か」
二十畳はありそうな広々とした一室。
堂々と鎮座したキングサイズのベッドの横で、モニター達に囲まれながら俺は呟いた。
画面には、剣と盾が交わるアイコンが映っている。
詳しくない者が見ても、一目でゲームの類だとわかるそれは、かつて十年もの間ユーザー数一位の座を獲得し続けたMMORPGだ。
『アナザーライフ』と冠したそのゲームは、MMO界のパイオニアであり、シンプルながらもやりこみ甲斐のあるゲーム性で多くのユーザーに支持されていた。
特に人気を博した理由の一つに、ユーザーを飽きさせない多様なアップデートが挙げられるだろう。
中でも、毎年度末に行われる大型アップデートは、四月から新学期を迎える学生達の出席率を下げるに至り、社会現象にまでなった程である。
そんな大人気ゲームにおいて、五指に入る程やりこんでいたのがこの俺「番 竜児」だ。
大学に通う傍らで、なんとなく始めたFXが奇跡的に上手くいき、あれよあれよと大金を手にした。
丁度そんな折にサービスが開始したのがアナザーライフだった。
軽い気持ちで始めたはずがどっぷりとハマり、金銭的な不安が解消されたのを理由に大学を中退。金にものを言わせて両親を黙らせ、今のマンションに転居。
無職と金持ちという二つの武器を持ち、気付けばアナザーライフにおいて俺は一線を画す存在となっていた。
一日のプレイ時間は平均16時間、新しいガチャが実装されれば目当ての物が必要数出るまで引き続けるという時間と金の暴力を以て、十年もの間ランカーの座に居座り続けたのだった。
それほどやり込んだゲームであったが、終わりの時は突然やってきた。
原因は、VRMMOのサービス開始によるものであった。
既存の、マウスとキーボードで画面を観ながら遊ぶMMORPGとは違い、仮想空間の中であたかも実際に生活しているかの様に遊ぶことができるVRMMOの誕生。
それは、アナザーライフが終わりを迎える理由として十分すぎた。
当時、ユーザーの90%以上が鞍替えしたという統計結果も出ている程だ。
しかし竜児は、VRMMOに移行することはなかった。出来なかったと言ってもいい。
無理からぬ事だ、十年間が水泡に帰したのだから。
半年ほどの抜け殻のような期間を経て、漸く人として最低限の生活が出来るようになったものの、アナザーライフに対する未練の様なものは拭いきれないでいた。
サービスが終わったゲームを一年間もアンインストール出来ずにいるのもそれが理由である。
カチカチッ
おもむろにアイコンをダブルクリックする。特に理由なんて無かったし、これが初めてでも無い。
起動するとオープニング画面になるのだが、その中央に「サービスは終了しました」という一文が出るのだ。
何度もやっているだけに起動までの時間、BGMがかかるタイミング、そういったものが体に染みついていた。
いや、染みついていた事に今気付いた。
――違和感
起動までの時間なのか、BGMのズレなのか、小さな違和感の様なものを覚えた。
その正体が何だったのか考える間もなく、それは確信へと変わった。
Loading...
ブラックアウトし、ロード画面に切り替わる。
もちろん今までにこんな事は一度も無かった。
どれ位待ったのだろうか。実際にはせいぜい一分にも満たないであろう時間が何分にも感じられた。
自然と脈が逸るのを感じる。冷静に考えれば、一年も前に終わったゲームが今更どうにもならない事くらい容易に想像できる。
しかし、気持ちが抑えられなかった。
もしかしたら、もう一度。
そんな事を考えていると、ロードが完了し、画面が切り替わった。
「おお!?」
表示されたのは、キャラクター作成画面だった。
肌着を身に着けただけの男性キャラクターの横に、髪型や体型、肌の色などが選べるカーソルがいくつも並んでいる。
一瞬歓喜したものの、冷静になり考える。
なにかのバグか?本当にまたゲームが出来るのか?そもそもサービス再開するのなら運営からの告知があるはず……。
色々な思いがある中で、最も重要な事柄が頭を埋め尽くす。
(また一から……?俺のキャラは!?)
十年間を費やした集大成と言っても過言ではないキャラクター、そのデータが使えないのなら今更……。
そんな考えが頭を巡る。
しかし、次に目に飛び込んだ二つの文でこの考えが杞憂であると分かり、同時に歓喜した。
【既存のキャラクターを使用する】
<アナザーライフを開始する>
「よし!よし!きたああああ!またアナライが出来るっ!!」
思わず一人きりの室内で声を荒げてしまう。しかし、無理もない事だった。
キャラは消えてなかった、ゲームもまた始められる。
突然のサービス終了で廃人一歩手前まで憔悴していたんだ。
この喜びは一生暮らせるだけの大金を手にした時以上かも知れない。
【既存のキャラクターを使用する】を迷わずクリックする。
「おぉ!」
声が漏れるのもお構いなしだ。
銀色の少し長めの髪に黒を基調とした装備。
下品にならない程度に散りばめられた金色の宝飾。
シンプルだが一目で並の武器ではないと分かる一点物のロングソード。
兜や鎧は無く軽装にマントという出で立ちだが、これはいつだったかのアップデートで実装された機能によるものだ。
実際に装備しているものの効果はそのままに「見た目装備」を変えることが出来る。
いかにもTHE・厨二という風貌だが、ゲームは楽しんでなんぼの精神で趣味全開にした結果だ。
「くぅー懐かしい……一年ぶりかぁ」
キャラクター名は「ヴァン」
苗字が「番」だからという安直な理由でつけた名前だが結構気に入っている。
その他魔道具等のアイテム類や所持金などもチェックを済ませ、問題がない事を確認した。
今始めて他のユーザーがいるのかと一瞬頭をよぎったが、再開された事が告知されればすぐに人は集まるだろう。
ユーザー数が激減してサービス終了したとはいえ、俺の様にいまだに再開を待ち望んでいる奴らが大勢いる事もネットの情報でわかっている。
「さてと、それじゃあ一年ぶりにやりますか!」
俺はマウスカーソルを画面右下へ持っていき
<アナザーライフを開始する>をクリックした。