表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

#4 普通を望む意志

「これがご飯ですか……」


 完璧に残飯であるべちょべちょが、机の上へ直に置かれてから、引き攣った顔が戻らない


 一緒に来たゲロ少年は俺の右。

 そしてリードと言う名の、俺の牢屋の正面にいた少女は俺の左に勝手に座っている。



 縦長の部屋に、縦長の机。

 ここまではまあ平凡な食堂なんだけど。

 充満している不潔な臭いとか、椅子が無いとか、ずっと思ってた事だけど掃除してないのか床がザラザラして痛いとか、特にこの残飯とか!!


 部屋の形と机の形以外、ろくな物が一つもない最悪の食堂だ。


 いや、食堂と呼ぶのは、食堂に失礼だろう。


 偉そうに机にゴミを盛り付けながら練り歩いていた、翼を生やした女が、部屋から出ていき施錠した瞬間。


 辺りを包んでいたピリピリとする緊張が解けて、和気あいあいな子供の雑談が沸き起こる。



 隣のゲロ少年は、俺と同じく鑑定式から連れて来られたという予想で正解のようだ。


 少年と俺は顔を見合わせ、苦笑い。


「こんなの食べたらおなかこわしそうだけど」


「本当にな」


 ああ、良かった。

 このべちょべちょがこの星の当たり前の食事ではないのね。




 辺りを見回す。

 俺と同い年の子供が圧倒的に多いが、他の年頃もちょこちょこ居る。

 一番年上っぽいのは、結構離れた場所で一人ポツンとして、目の前の残飯を眺めてるあの中学生かな。



 おもむろに嚥下の音が聞こえてきて、恐る恐る隣を見れば、平然とそれを食すリードがいて……再び少年と顔を見合わせ、再び戸惑いを露呈。



 うー……これを?

 食べれる?

 凄いな、普通じゃ無理だろ……。


 各家庭や店で余った複数の料理を、無造作に混ぜました! ってのが見え見えな、独特の臭いと見た目してるんだぜ。

 勘弁してくれよ、俺は養豚場の豚じゃない。

 こんなの食べれねえよ………………。



 彼女は、隣の男共に、好奇に近い感情を抱かれている事に気付いたのだろう。

 

 恥じらい、また何か喪った物に想いを馳せるように、悲しげな翡翠の瞳を足元へ向け、頬を微かに染める。


「食べれるときに食べないと、死んじゃうよ」


 ……罪悪感を掻き立てるその声に、なんだか戒められた気がした。


 そうだよな。

 好き嫌いなんか言ってられない。


 腹を括り、その汚物を小さな掌いっぱいに掬って口内に押し込んだ。


 ……予想よりは、まあ美味かった。


 嫌いな料理より美味いかと問われれば、胸を張ってNOと言うレベルの味だが……。


 諦めた俺を見て、決心がついたのか渋々食べ始めたゲロ少年は、辛そうに咀嚼しながら話し出す。


「ねえ、きみの名前、なんていうの?」


「俺か、俺の名前は……俺の名はレオリ」


「よろしくね、レオリ。ぼくはリーフィス」


「リードはリードよ! レオリ、リーフィス、よろしくね!」


 彼女、リードは平然と会話に割り込んできた。

 そして俺の左手を握る。

 彼、リーフィスは真似するように俺の右手を包むように両手で握りしめて、力強くブンブン振った。


 ……二人の手に付いていた残飯と混じったよだれが、塗りたくられて、両手がぬるぬるのベッタベタになっちまった。



 山盛りの汚物を残すと、偉い人(さっき歩いてた羽の女とか、ボクサーとかじじいとかのことを、リードらはそう呼んでいるらしい)に叱られるらしく、まあ残したところで飢えた他の子供に奪われるらしいので、そうならぬよう急いで腹の中に詰めた。


 あまりにも急ぎすぎたから、まだ周りは食べ終わってないのに俺の皿……はないから机が空っぽ……? 何でもいい、食事がなくなってしまった。

 リーフィスとリードは、まだ一生懸命食べている。

 暇だ。辺りの会話を盗み聞きながら、ぼんやり考え耽る。



 ……普通の人生が良かった。

 影でそう泣いていたのは、合計何回だっただろう?



 母も父も、仕事を愛していた。

 俺なんかどうでも良くて、ごく稀に遭遇しては臭い言葉を吐いて金を寄越す、そんな存在でしかなかった。

 打算的な奴ばっかで本当の友達はいないし、環境だって俺に勝手に期待や失望を抱いて、普通の生活を送らせてはくれないし。

 なにもかも普通じゃない。


 だから、その辺を歩いていては勝手に耳につく、普通の人の普通の生活がどんな宝よりも輝いてみえて、それでいてなによりも妬ましい敵に見えて……。



 周りの子どもたちが話題に出すのは、まさに俺の望んでいた生活の事ばかりであった。



 ママの得意料理は何だとか、読み聞かせされた童話の、そこの展開はああだった、いやこうだったとかいう、しょうもない喧騒。


 家のインテリア、兄弟の有無……いつも寝るときにそばにいてくれた、母親の香り……。


 俺にも、あの輪に混ざって他愛ない話のできる過去が欲しかった。


 ……未来でも構わない。

 普通が、欲しい。



「レオリ、もうすぐえらい人がくる。ぼんやりしてるとたたかれる」


「……あ。ありがとう」


 彼女に肩をポンポン叩かれ、意識が現実へと舞い戻ってきた。


 もう自由時間も終わりか。

 脳に纏わりつく渇望する妄想を払拭し、いい子ぶる心の準備をする。



 彼女の教えてくれた通り、十数回の呼吸の後に鍵の音がして、羽の女が金切り声を上げながら部屋に入ってきた。


「餌の時間は終わりだ、化け物共! さっさと牢屋に帰れ!」


 俺よりも身体的に年上の子どもたちは、慣れたように、逃げるように、来た道を引き返した。

 俺たちもまた、あの冷たい檻へ戻ることとした。


────────


 ……子供でごった返す、牢屋の並ぶ長い廊下を歩いていて、一つ些細でありながら重要な問題に直面してしまった。



 俺の牢屋はどれだ。



 完全にわからない。


 部屋番号を振ってくれているわけじゃないし、まずリーフィスの元に駆けつけたあのとき、助けるのに夢中で何番目にあるかとかそういうの考えずに部屋でちまったからな……。


 一方リーフィスは、ちゃっかり何番目が自分の部屋か数えていたらしい。


 幼子らしく指折り数え、目的の十何番目の部屋を見つけると、一足お先に帰っていってしまった。



 ……。


 が、なぜか泣きべそかいて戻ってきた。


「ぼくのばしょ、なんか知らないひとがはいってるよぉ……」


 彼が指差す部屋には、たしかに先客がいた。

 小学生低学年って風貌の女の子が、「ここは渡さないぞ」と、ベッドの上で鎮座して、獣の如くガン飛ばしている。


「あ、リーフィスにレオリ、へやはどこでもいいんだよ」


 騒々しい人海から、俺たちを見つけ出したリードが、こちらに手を振りながらやってきた。


「……特に決まってないのか!? それじゃ誰が脱走したとか死んだとか、管理できなく無いか?」


「だれもにげられないから、へいき。それにだれかがしんでも、かわりはないよ。ね、レオリ、リーフィス、ちかくのへやにしよ!」


 彼女は虚しいほどの笑顔でそう言いきると、俺たち二人の手首をがっちり掴み、纏まった空き部屋を探して、人の波を力強くかき分けていった。




 奥の独房は人気がないらしい。かなりガラガラで、すぐに場所を取れた。


 しばらくして、初耳のお偉いさんの暴言と、牢の出入り口に魔法を掛けたという宣言が響き渡った。

 声の主の気配が消えてしばらくしてから、雑音が上がり始める。


 よし。

 正面部屋で寛いでるリードに、この場所のこと、この世界のことを聞かないと。


 そのまえに。


「次、偉い人が来るのはいつだ?」


「えーと、夜ごはん?」


「!!?? それまでここで閉じ込めっぱなしか!?」


「うーん、今日はそう。でも、ほかの日は、おふろとかあるよ、今日はないよ」


「そ、そうか……」


 当たり前の事実かのように、その異常性になんの疑いも持たぬ返答をされ、後頭部を石でガツーンと殴られたかのような目眩がした。



 隣の部屋のリーフィスも、これには驚いたようで、「勉強の時間とか、お散歩の時間とかは?」と深刻そうに聞き、無慈悲に「何それ?」と返され、ひぃ、と悲鳴をあげた。



 …………。

 …………………………。



「なあ、何で俺たち……武器生成スキルは、こうやって酷い目にあわなきゃならないんだ?」


「なんでって、武器生成スキルだからよ。武器生成スキルは、わるいやつだから。わるいから、閉じ込められて、街は安全になるの」


「リードは、あの偉い人よりも、自分やここの子供達が悪い人間に見えるか?」


「うん」


 彼女は、武器生成スキルが劣等種であることを妄信しているようだ、ハッキリ言いのけた。

 理由を聞けば、馬鹿だからとか、醜いからだとか……偉い人が俺達を蔑む時に出てきた言葉がスピーカーのようにそっくりそのまま溢れ出す。


 その多種多様でありながらもウェットの無い暴言の中に、武器生成スキルの欠点やら特性やらの、具体的な内容は一切出てこなかった…………。


 自分をそうだと信じ、声に出しているリード自身でさえ傷付く、あまりに汚く非道な言葉の数々。


 彼女の緑の虹彩が、ますます輝いたのを察知した俺は、彼女に説明という名の根拠の無い自虐を止めさせた。

 ただ彼女を可哀想だと思っただけではない。


 俺自身も、こんなえげつなくて、ただ悲しくなるだけの朗読を聞くのに堪えたから……。



「今日は、もう疲れてしまった。だからもう大丈夫だ、ありがとう。俺は寝るとするよ……」


「……うん、じゃあ……おやすみなさいレオリ。夜ごはんのまえになったら、起こしてあげるね」



 心を切り刻んでくる辛苦の顔から逃げるように、乗りたくもないベッドに我が身を横たえた。




 ……。

 ……ああ……俺は、俺たちは……被差別民か……。


 どこの国にもある現象は、どこの星にもあるのだろうか?


 頭が痛い……。


 俺は、ただ普通が欲しいだけなのに…………どうして。


 こんな境遇なんか、さっさと捨ててしまいたい。手っ取り早い方法は、俺のスキルで喉を掻くなり胸を穿つなりで死んでしまう事だ。


 …………でも、どうにも死にたいという気持ちにはならなかった。


 地球に居た頃と同じ。

 今与えられている世界で、自由という名の普通を、平凡を手に掴みたいのだ。

 血を吐くほどに足掻いてでも、だ。


 来世なんていう、不確定で、存在は……立証したし、しているかもしれないけど、信用できぬものに、無責任に任せたくはない……。


 現状、地球より悲惨な異常の人生を歩んでいるわけだから……。




 ……。

 ………………してみせる。



 …………この地獄から逃げ出して、平穏を掴み取ってみせる。




 絶対に、普通を、今度こそ得てみせる。



 その為には………………。




 まず、体力を温存する為に、眠りにつくとしよう……。

2020 9/9 微調整を行いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ