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#3 死と同等な箱の中で


「あのさぁ……俺が動物にでも見えるのか?」


「そうだ」


「どこからどう見ても人間の子供だろうが……」


 男はしゃがみ、サポートの女がやったように手をパタパタさせた。


 まあ、無視してこの臭い寒い汚い部屋に閉じ込められ続けるよりも、はらわた煮やしながらでも情報を引き出せるほうがマシかな。


 槍を構え、慎重に近付くと、男はパッと立ち上がって後退る。



「武器を仕舞え」


「お前が最初に手ぇ出したんだろ、嫌だね。危害を加えないって約束するなら、まあ仕舞ってやってもいいよ?」


「わかった、攻撃しないからまず武器を仕舞え」


「その言葉、信用しても良いんだな?」



 武器を消してみせると、男はまた元の場所に戻ってきて、あぐらをかいた。話し込む気満々だ。


 まあ、武器の出し方はさっきので完全に把握した。もし奴が裏切ったとしても、先に喉笛を喰らうのはこの俺だ。


 柵を挟んで向かい合うと、ボクサーは周りに聞こえぬようボソボソと喋り始めた。


「何故喋れるのだ?」


「俺は人間だぞ? 普通言葉による意思疎通ぐらい出来るだろう」


「しかし、お前は武器生成スキルだろう、それにお前はまだこんなにも幼いのに、口調も語彙もまるで大人みたいじゃないか」


 まるで、武器生成スキルを持っている奴は人間じゃないみたいな言い方だな。


 あの群れも、俺みたいに武器生成スキル持ちで、集められた子たちなのだろうか。……あの子達、俺の目には何ら他の子供と変わらぬように見えたが……。


 まずは、俺が何故子供らしくないのか説明しよう。そしたら、子供扱いもされなくなるだろう。


「俺が大人のように話せる訳はな、俺は子供じゃないからだ」


「どういう意味だ?」


「多分信じて貰えないがな、俺はそもそもこのアルヘットやらの生まれじゃない。いっちょ前の青年だったんだよ。地球で無差別殺人に巻き込まれて死んだら、何故かこんな退化しちまってたんだよ」


「??? アース? 何だそれは、どういう理屈だ、教えろ」


「俺が知りたいんだよなぁ……」


 カチャリ。

 小さな解錠の音が、左の方から聞こえた。

 男は「不味い」と飛び上がる。


「お前は面白いやつだ。また来る。生かしておきたいから忠告しておく、武器スキルらしく振る舞えよ」


 言うだけ言うと、男はさっさと歩き出してしまった。

 まだ話は済んでいないし、スキルらしく振る舞え? そんなこと言われても……!


「待てどういうこ……」


「おい!!! リマ! なんでまだ見回りを終えて無いのだ! まーた新入り如きにうつつを抜かしておったか!」


 しわがれた怒鳴り声に俺の言葉は潰された。


 不機嫌そうな足音がドスドスドスと近付いてくる。声のイメージに合致するジジイが左から現れると、俺の牢の前で足を止めた。



 深い眼窩の奥にギラリと輝く瞳には、重い殺意と軽蔑が含まれている。


 うー、話の通じる相手じゃ無さそうだな。黙っとこ。



 年寄りはしばらく汚泥を見るかのように睨んだ後、フンと鼻を鳴らし、右に消えた。


 ドスドスドスドスドスドス、再び足音は遠ざかっていき、やがて出ていったのか、それともあまりにも遠くに行ったのか、全く聞こえなくなった。

 触っただけでもぽっきり折れそうなか細い足で、よくあんな音出せるな。


 さて……何しよう。暇を慰む本とかは無い、かといって壁のひびを数えるだなんてことをやる気も起きない、外に出るにはこの鍵を……。


 鍵……これ簡単なやつだ。あのうさぎ小屋とかで使われてる、穴にはめてくるっとやる鍵だ。

 こんなの外に出れるじゃないか。

 そう思って指を伸ばし、即座に後悔した。


「あがああっ!」

 指が削ぎ落とされたかのような激痛が走り、反射で後ろにはね飛んだ。

 あまりにも痛かったので、指先を怪我してないかを確認したが、特に異変はない……。


 涙目で痛みの残響に硬直していると、視線を注がれているような気がする事に気付いた。


 辺りを見回してみる。向かいにある黒い鉄柵から、暗い顔した少女が顔を覗かせていた。服はボロボロ、髪はボサボサ、体はほそぼそ。

 年は……多分今の俺の身体年齢より一個上かな。


 可哀想に。あんな幼くして、いきなり両親から引き離されて、こんな場所に連れて来られて。


「おお、人だ、気付かなかった。おはよ」


 さっき怒られたばかりだが、誰もいないのを良い事に手を檻から伸ばして振った。ちょっとは元気付けられたら良いなって思って、こんな地獄には不似合いにおどけて。


 彼女は無反応だった。


 ……うーん? 見えてないわけでも聞こえてないわけでも無さそうだけど……。


 不審に思っていると、たちまちその可憐な顔のパーツが下がっていき……大声で泣き始めてしまった。


「えっ!? 嘘っ!? ああああ、ごめんね……?」


 慌てて謝るが、もう遅い。

 溢れる涙は止まらない。甲高いサイレンが狭い部屋に響く。鼓膜が破れそうだ。


 どこからか、青年やら幼児やら様々な声質が、幼稚な煽りを入れてくる。

 明らかに隣の部屋から、かなり遠い部屋まで、「いーけないんだ! いけないんだー」だの「泣かせるとかひどーい」だの、知性の欠片もない阿呆みたいなブーイングが至るとこから飛んでくるのは、ちょっと凹む。

 泣かせたくて泣かせたわけじゃないんだぞ。


「ごめんねお嬢ちゃん、お兄ちゃん気が利かなくて……」


 一生懸命謝罪していると、彼女の泣き声が徐々に鳴りを潜め、あどけない笑い声になる。


「うふふ、お兄ちゃんだって。リードよりも年下なのに」



 リードと名乗る彼女は、目をこすっていた手を退かし、俯くのを辞めた。


 涙でベトベトになって、広いおでこにへばりついてくる茶色い髪をどかして、笑みを浮かべたまま話し始める。



「大人みたいな言葉で、やさしくお話してくれる人、スキルかくりしゅうようじょに閉じこめられてからぜんぜんいなくて、うれしくて泣いちゃった。ごめんね」



 恥ずかしそうに、痩せこけ灰色だった頬を血色よく染めた。


 あまりにも当たり前のように、杜撰で荒んだこの場所の名と、境遇を述べた彼女……俺よりも先にこの場所に閉じ込められているのか。


「な、なあ。この場所について教えてくれないか? なんせ昨日? 突然入れられちゃってさ……全くわかんないんだよ、俺に何が起こってるか……」


「うん、いいよ。でも朝ごはんのあとでね。おしゃべりしてるの見つかると、叩かれちゃう。そうそう、大事なこと一つだけ教えてあげるね。ごはんの時になったら、ここを人がすぎたあとにここから出ないと、怒られるからね。あと、あのビリビリは、ごはんによばれたときはなくなるから。あ、二つになっちゃった!」


 彼女は微笑んで手を振ると、振り返って部屋の暗がりへ姿を隠した。



 しばらく友達同士で駄弁る声や、すすり泣く声が雑音として空間に響いていたのだが、疲れたのか朝ごはんが近いのか、いつの間にか煙のようにすぅっと、声がするしないの境もわからぬぐらいに収まっていた。



 そんな静かな空間の中、いきなり何処かの誰かが嘔吐し始めた。


 臭いが届く距離では無いが、音が思いっ切りここまで聞こえてくる。

 ま、届いてたところでそれがゲロか、滞空してるここの臭気か、一切わかんねーと思うがな。さっきジジイがやってきた方角と同じ、左の何処だろう。

 あーあーあー……。仕方ないよなこんな劣悪な環境で、健康でいろなんて無茶すぎる。というか、ノロウイルスとかだったら一瞬でここの子供達は全滅じゃないか……。この世界にノロウイルスが存在するかなんか知らんけど……。


 普通の人生をあんなにも希求したのに、なんでこんな……。




 頭を抱えた瞬間、解錠の音が閑静な世界に再び響く。


「餌の時間だ、化け物共。牢の魔法は解いた、さっさと集まれ!」


 人間、ましてや子供に聞かせるようなものじゃない汚い言葉で閉じ込められた子を貶める声が近寄ってくる。


 ひっでえ。

 何を根拠にそんな酷い事を言えるのだろう。胸糞悪ぃ。


 下品で下衆な言葉は、何時だって聞きたくねえなぁ。

 耳塞ご。


「おいお前! 何吐いてるんだ!? きったねえなぁ!」


 …………手を平然とすり抜け、怒号が耳に届いてしまった。何だよ、意味無いじゃあないか。

 やれやれ、手は戻しておこう…………。


 どうも、さっきからゲロってる誰かの部屋を通りがかったらしい。


 生きてるんだ、しかもこんな劣悪な場所だぞ、人の一人二人は吐くだろう。そんなことで足を止めて怒り狂うなよ、頭悪いのか?


 文句の一つ言ってやりたいが、ボクサーにスキルらしく振る舞えって言われたし……。

 床のシミを見ながらここを出る妄想し、やかましい癇癪を聞き流して、偉そうな馬鹿の歩行再開を待った。



 ……床のシミ……俺が殺された時の血溜まりも、こんな形だったな……。



 自分に降り掛かった災難なのに、過ぎし今、腹を掻っ捌かれ死んだ事をどうにも他人事のように考えてしまう。


 俺の腹を切った真っ赤な血で髪を染めた男……あの青い目はマジでヤバかったな、頭の中、人を殺すってこと以外何にも入ってないって目してたよ……。


 あいつ、どこの国の奴なんだろう。日本人って顔じゃなかったが、何処かの国の顔でも無かった。


 死にかけの時の記憶だから、もしかしたら違ったかもしれない、妄想の入り混じった虚構かもしれない。まあそれさえわからな──



「吐くのやめろって言ってんだろ、出来ねえんならぶっ殺してやる!!」



 ……看過出来ぬ言葉に、俺の現実逃避は中断された。


 はあ……。

 嘔吐如きで殺す?


 馬鹿は嫌いだ。

 もう我慢ならない。



 今まさに噴出しそうな、煮えたぎる臓腑の底のドス黒い憎悪と憤怒を抑えるべく、大きくため息を一つ付く。


 解錠し、外へ飛び出る。

 グチャグチャ煩い、あの人間と呼ぶのもおこがましい何かが通り過ぎるまでは檻から出てはいけないという、先程与えられた善意の警告を躊躇いもなく破ってしまった。


 動揺する子供たちのどよめきが響く通路を、ゆっくりと歩いて二人に近付く。

 首根っこ掴まれて引き摺り出され、床に投げ捨てられていたゲロボーイは、俺を心配そうに見つめながら、嘔吐を続ける。



 男が、鬼のような顔で振り向いた。

 すかさずゴマすりながら、優しく優しく、優しすぎて逆に馬鹿にしているかのように、窘める。


「ま〜あまあまあ! もうそこまでにしませんか? はい、落ち着いて! リラックスリラーックス」


 案の定、怒りの矛先は俺に向く。


「糞餓鬼、お前も殺してやろうか」


 理性も無く腕を振り上げた。

 前例から、何かスキルによる攻撃を繰り出してくるだろう。どんな攻撃かはわからないが……。


 それは構わない。全てを溶かす酸とか、武器生成スキル持ちだけ殺せる毒霧とかでは無いことを祈り、攻撃を受けた。



 …………。


 ああ……。



 腕が…………。



「きゃ〜怖いですぅ!」


 うーっ! すっごいビリビリするぜ!


 祈りが通じたのか、俺の作戦をぶっ壊してくるようなスキル持ちではなかった。


 ああ……。

 なんて哀れな人なのでしょう!


 俺のスキルで発現させたランタンシールドに、易々防がれてしまうだなんて!


 さっきのボクサーの態度から、ここにいる子供達は、武器生成スキルを持っていて、しかも判定石に出し方を教えてもらっているにも関わらず、スキルを使えないらしいからな。


 見下してた餓鬼が能力を使ってきて、お得意のスキルを防がれちゃ、確実に動揺するはずだ。


「な、なんだテメエ!?」


 …………ほらね、戸惑ってる。

 どうすればいいのかわからないっぽくて慌ててるけど、取り敢えず煽っておこう。

 昂ぶって殺しに来ても、俺が勝つもんね。

 そもそも負けたとしても、死んでも構わないし。


「生理現象を気合でなんとかしろなんて、酷な事だと思いますよぉ」


 若返った事でプリプリのケツを振っとく。

 ピクピクと眉間が痙攣する。このまま殴られると思いきや、大きな歯軋りをすると目を逸らし、俺を避けるように奥へ進んだ。


「チッ、糞餓鬼、覚えてろよ……」


 相手にするのが面倒くさくなったのか、はたまた馬鹿に出来ないから楽しくないのか。

 男は逃げる様に歩くお仕事に戻ったのだった。

 やーいざまあみろ。ハナクソ飛ばしとこ!



 …………理不尽に怒られてた男の子は、ストレス原因が去ったからか落ち着いたらしく、吐き気も次第に収まったようだ。

 ちょっぴり笑顔を浮かべ、頭を軽く下げた。

 ふらふらしているから、頭の重みで倒れそうになった。慌てて肩を貸す。


「ありがと……」


 俺と一緒にここへきた子供だろう。肌も、服も、まだ綺麗だ。カーキグリーンの髪も艶があって、昨日までは大切に育てられていたことが窺える。

 そんなにも大切にされていたのに、いきなりこんなことになっては、そりゃゲロも吐くだろうに。


「ま、朝飯前ってもんよ。ところでさぁ、俺昨日来たばっかりで右も左もわからねえのよ。一緒に行かね?」


「いいよ、いっしょにいこ」


 彼は千鳥足で歩き始める。

 俺はそれに合わせて、横についていく。



 怒鳴り声で途切れてしまった移動の波の最前列。黒鉄の縞々に挟まれた、まっすぐな廊下の果てを目指し、冷たい床を素足を並んで踏みしめた。

2020 9/8

設定の反映し忘れで矛盾していた部分を直しました。

また、それに伴い文章を微調整しました

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