軍人、一杯やる
「なんと……こんなに早く依頼を達成したのですか?」
「あぁ、早く帰ってミラちゃんに早く会いたくてね」
町に帰った俺は、早速ミラに報告した。
どうやら受けた依頼をこなすと自動でギルドに報告が行くらしく、戦利品や魔物の首などを持ち帰る必要はないようだ。
シヴィ曰く、トロールを倒した瞬間に少量の魔素がギルドへと向かったらしい。
星一つを一つの基盤として考えると、魔素が電気回路の役目をしていると言ったところか。
条件を満たせばクエスト完了のフラグスイッチが入り、依頼をこなしたことになると。
逆に言えば不正は出来ないんだな。
「それにしても信じられない速さです。すごいですね、アレクセイさん」
ミラは俺の仕事の早さに目を丸くして驚いている。可愛い。
「よかったら俺の無事を祝って今夜一緒に夕食でも……」
「それは遠慮しておきます」
ミラの手を取ろうとしたが、ひょいと躱されてしまった。
どうやら照れているようだ。やはり可愛い。
「こほん、まぁでもお仕事は評価せねばなりません。報酬の銀貨十枚です。受け取ってください」
「へへ、ありがたい」
これでまともな飯にありつけるってもんだ。
俺がミラから報酬の入った袋を受け取ろうとした、その時である。
ドランが袋の中に腕を突っ込み、銀貨を五枚抜いたのだ。
「じゃあこれは俺の取り分な」
「あ、テメェこの野郎!」
「何言ってんだ。正当な報酬だろう」
ドヤ顔をするドラン。
勝手についてきたくせに……とはいえミラの前でケチくさい真似もしたくない。
俺は苦々しい顔をして、ドランを睨みつけ言った。
「チッ、一生恩に着ろよ」
「はいはい、ありがとうよ。……あぁ恩を返すわけじゃないがミラよ、こいつはかなりの強者だぞ? いきなりだがランクを上げてやってもいいんじゃないか? 俺が推薦するぜ」
「ランクアップですか!? しかし登録して間もないのに、流石に早すぎるのでは……」
「いやいや、こいつは大したもんだぜ? 既にジョブを二つ得ているんだからな」
ドランの言葉に周囲がざわつく。
二つどころか五つ持っているんだがな。
言ったら面倒なことになりそうだし、黙っていよう。
必要以上に自分の能力を見せびらかせるのはただの馬鹿だ。
「なんと、信じられません……! ですが、そういうことでしたら実力は十分でしょうか。ランクアップの件、本部に申請しておきます」
ミラが信じられないといった顔で俺を見ている。
惚れたか? 今なら誘いに乗ってくれるかもしれない。
俺は精一杯の決め顔で、ミラの手を取る。
「ありがとう。そして君との逢瀬は許可してくれるかい?」
「それは拒否させて頂きます」
だが振り払われ、にっこりと満面の笑みで拒否されてしまった。くそう、可愛い。
■■■
「ぷはぁー! 美味い!」
報酬を手に入れた俺は、真っ先に酒場に駆け込んだ。
ビールを三つ、骨付き肉を五つ頼み、それを思うまま頬張っていく。
硬くて筋張った肉だが、噛むたびに肉汁が染み出てくる。
それをビールで流し込む……至福の時である。
『食べすぎですよアレクセイ、一日の摂取カロリーを50000もオーバーしています』
『バカ、いいだろ今日くらい。やっとまともなもん食べれるんだからよ。食べて飲んで食べて飲む』
『はぁ……それは構いませんが、宿代くらいは残しておいた方がいいですよ』
『なに、いざとなりゃあ野宿でも何でもするさ。とにかく今は肉だ』
シヴィの忠告を無視し、俺は食事を続ける。
一仕事終えた後の肉と酒に勝る楽しみはない。
後は女がいれば最高なんだが……むぅ、ミラを誘えなかったのは痛いぜ。
「あの……」
そんな俺の後ろから、女が声をかけてくる。
鈴のような美しい声だ。
もしや俺の噂を聞きつけた美女か?
「なんだいお嬢さん? 俺に何か用かな?」
即座に振り返った俺が目にしたのは、やたらと背の低い少女だった。
フードを目深にかぶったその隙間から覗くのは、美しい金髪とくりっとした大きな瞳。
見たことのある少女だった。
『この子、リルムですよ』
『むぅ……わざわざ会いに来たってのか……?』
それだけの熱意、何故美女から向けられないのか。悲しい。
「その胸に光るプレート……よかった! 無事冒険者になられたのですね。あの、それで一つお願いに来たのですが……!」
「あー、悪いな。今飯食ってるんだ。後にしてくれ」
食事の邪魔をされるのは好きじゃない。
リルムの言葉を遮り、肉を頬張る。
シヴィが白い目(勿論目はない、そういう雰囲気というだけである)を向けてくるが気にしない。
「は、はぁ……わかりました……」
リルムは大人しく椅子に座ると、俺が食べ終わるのを待つのだった。
「ふぅ、食った食った」
いやぁ久し振りのまともな食事だったな。
「あの! それでは話を聞いていただけますか?」
「おう、何だリルムちゃんよ」
「よかった……それでその、少し耳を貸していただけますか?」
そう言えばさっきからリルムはキョロキョロと辺りを見渡し、周りを気にしている様子だ。
外にいたのと何か関係があるのかもしれないな。
隠れてしなかればならない事がある、とか。
例えば家出とか。……面倒だな。
俺が露骨に嫌な顔を仕掛けた時である。
「実は、私の頼みというのは姉の事で――」
リルムの言葉に俺の耳がピクンと動く。
「我がスフィーブルム家は昔からこの町を取り仕切っておりました。ですが最近、商会の者たちが自分たちに町の利権を全てよこせと言ってきたのです。どうやら上層部に危険思考の人間が入ったのだろう、と父は言っておりました。勿論父は毅然として断りました。ですがそれに逆上した連中は私の姉に目をつけたのです。使用人に化けて侵入し、毒を盛り……今は意識不明の状態です。私はその為に森にあるという薬草を手に入れたいんです。街の人間は商会の息がかかっており、信用できません。先日も荒野でいきなり置いてけぼりにされて……アレクセイさん、どうか森まで護衛をお願いできないでしょうか……!」
長々と語るリルムだが、俺が利きたいのは一つである。
「……美人のお姉さんがいるのか?」
「え? えぇまぁ……」
目を丸くするリルムの顔をじっと見つめる。
リルムは確かに可愛らしい顔をしているが、まだ幼く俺の守備範囲外だ。
しかし姉がいるとなれば話は別。間違いなく相当の美人だろう。
「ちなみに何歳だ?」
「えーと……今年で21になります」
しかもストライクゾーンど真ん中である。
うんうん、よいね。
美人のお姉さんとお近づきになるには、リルムの依頼を受けるのはやぶさかではない。
俺はにんまり笑うと、リルムの手を取り真っ直ぐに見つめる。
「――わかった。俺に任せろ。森に案内してくれ」
「は、はいっ!」
リルムはほんのりと頬を赤く染め、頷いた。