軍人、童心に帰る
頭上を見上げれば新緑の葉が生い茂り、辺りからは鳥や虫の囀りが聞こえてくる。
むせ返るような土の匂いを胸一杯に吸い込み、吐き出した。
ガキの頃、網と虫かごを手に野山を駆け回っていた時の事を思い出す。
「へへ、ガラにもなくワクワクしてきやがったぜ」
俺はそう呟くと、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていく。
無計画に歩いているわけではない。
鳥の鳴き声を頼りに、その群を追っているのだ。
チチチ、ピーピーピー、チチチ。
チチッ、チチチッ、チチチチチッ。
耳を頼りに、時折地面を見下ろしては糞を探し、音に近づいていく。
そして草むらの奥に……見つけた。
白と黒のペンギンカラーをした、丸っこい鳥だ。
嘴がかなり大きく、身体を寄せ合う姿が並んだダルマのようで何とも愛らしい。
「えーと、こいつは確かミラから渡されたノートに描かれてたな。ダルマオナガ、だっけ」
生態調査ノートには、森に生息する動物が描かれている。
ノートをめくりそれを確認すると、俺は群れの数を記入した。
この群れを例えばAとし、他の群れと足してやれば森に生息するダルマオナガの大凡の生息数がわかる……というわけだ。
まぁ素人仕事だが、悪くない作戦だろう。
『シヴィ、この群れの個体を写真で撮っておいてくれ』
『了解しました』
画像を保存しておけば、区別もつきやすい。
ふむ、リーダーの羽根に傷が付いているな。
Aの群れは12匹……と、記入完了。
ついでにスケッチもしておこう。
写真もいいが、こうして絵に書いておくと自分の中でイメージしやすい。
『おっと、その前にまずは地図を把握しないといけないな。シヴィ』
『了解です。真上からの写真データを送ります』
そう言ってシヴィは高度を上げていく。
しばらく待っていると、頭上からの森の写真が送られてきた。
……なるほど。入り口はここだから、そこからずっと西に行って……うん、今は多分この辺りだな。
まずは外側から攻めていくか。
夕暮れまでには森を一周しよう。
『っしゃ、行こうぜシヴィ!動物たちが待ってる!』
『……意外です。アレクセイがそこまで精力的に動物探しなんて事をするとは』
と、足早に行こうとする俺にシヴィが声をかけてくる。
『美女を追いかける以外にも熱くなれる事があるのですね』
『俺を何だと思っているんだ』
『女と見れば見境なしのエロ主人ですが……いえ、このような高尚な趣味を持ち合わせていたとはとても嬉しく思います。えぇ、私は嬉しい』
しみじみと語るシヴィ。
こいつ、俺の保護者気取りかよ。
全くもって遺憾である。
それから半日、俺は森を歩き続けた。
スケッチも溜まり、キャンプに帰る頃には夕方になっていたのである。
「ふぅー、歩いた歩いた。いやー中々楽しかったぜ」
「……それは何よりだ」
料理を作りながら、セシルは冷たい視線を向けてくる。
「おいなんだその目はよ。言っておくが遊んでいたわけじゃないぜ?ほれ、お前の分の生態調査もやっておいたからな」
ノートをセシルに返すと、パラパラめくり始めた。
ふむ、ほう、うぅむと感嘆の声を上げ、目を丸くしている。
「……これは驚いた。君に美女を追いかける以外に熱くなれるものがあったとは」
セシルが吐いた言葉はシヴィと同じものだった。
シヴィが俺の後ろで可笑しそうに笑っていた。
ぶっ壊すぞポンコツ機械。
「僕は動物に関してそこまで造詣があるわけじゃないが、このノートからは何というか……愛のようなものが感じられるな。スケッチも上手いとは言えないが、非常に細かく描き込まれている。しっかり観察しているのがよくわかるよ」
ノートをじっと見ながら、セシルは語る。
そこまで言われるとこそばゆくなってくるな。
俺は誤魔化すように目線を外した。
「よせよ、照れるじゃないか」
「事実だ。大したものだぞアレクセイ。ほら食事が出来ている。座るといい」
セシルは微笑を浮かべ、俺に座るよう促してきた。
丸太に座ると、分厚く切った肉を鉄板の上で焼き始める。
「おっ、ステーキか?」
「あぁ、肉が食いたいとずっと言っていたからな」
確かに地下にいた時、アイテムボックスに保管していた肉が切れて気持ちに余裕がなかったな。
肉が食いたい肉が食いたいと、ちょっと言ってたかもしれない。
『ちょっとどころか一日中言っていましたが』
『さて、記憶にないな』
それより肉が煙を上げ、ジュージュー音を立て焼けていく。
セシルが胡椒を振るうと、香ばしい匂いが辺りに漂い始める。
「よし、出来たぞ」
十分に焼けたステーキに、どこからか取り出したソースをかけるとジュワッと煙が上がった。
おぉ、こいつは美味そうだ。
「いただくぜ」
ナイフとフォークで大きく切り分けて、一口。
肉の旨味とソースの程よい甘みが口に溶けて広がっていく。
ステーキってのは単純なように見えて意外と奥が深い料理である。
焼きすぎると焦げて硬くなってしまうし、生焼け過ぎると血生臭くなる。
これは丁度良い焼き加減だ。
「美味いっ!」
「それは良かった。白米も炊いてある。食べるといい」
「おおっ、やっぱり肉には白米だよなー」
やはりセシルはよくわかっているぜ。
白米に肉は男のロマンだからな。
セシルは満足げに頷くと、自分もステーキを小さく切り分け、食べ始めた。
「ところでセシルよ、非戦闘区域ってのは何なんだ?」
「ん、知らないのか?読んで字のごとく、戦闘出来ない区域だ」
あっけらかんと答えるセシル。
「そうは言っても戦闘しているかどうかなんて実際はわかるまい?どうやって判断するんだ?」
「……ふむ、そうだな。実際に見た方が早いだろう。アレクセイ、僕を殴ってみろ」
「あん?そりゃ別に構わないが……」
俺は立ち上がりセシルに向けてデコピンをしようとした。
が、出来ない。
攻撃しようとすると力が抜けるのだ。
「ぬ……ぐ……っ!?」
「身体に力が入らないだろう?こういう事だ」
「……ふぅ、わかったよ。確かに戦闘は出来そうにない」
「ちなみに魔物も出るが、そちらは攻撃してくるぞ」
「なるほど、向こうは殴り放題、こちらは手を出さない。殴らせ屋みたいなもんだな」
スラムの方ではそういった賭け事があると聞く。
恐らく身体に流れる魔素により、特定の動きを封じられているのだろう。
やれやれ、中々ゲーム世界っぽいじゃあないか。
ならばせいぜい、勝利条件を満たしてやるとしますかね。




