軍人、気分転換する
「というわけで、帝国兵どもは追い返したぞ」
先刻の出来事を二人に告げる。
「なんと……ありがとうございます。なんと礼を言っていいやら」
「買収か。あまり褒められた真似ではないが……うん、まぁ君らしいといえば、らしいな」
イザベラは素直に感謝しているが、セシルは若干引いていた。
見事な平和的解決だろうに。
「ともあれ一件落着か? イザベラはまだ姿を見せない方がいいだろうが、俺はちょっと外に行きたいな。ずっと地下暮らしだから気が滅入りそうだ」
セシルの作る食事も美味いが、やはり外の方が色々あるしな。
脂身たっぷりの霜降り肉を腹いっぱい食べたいぜ。
「それはいい。そろそろランクアップ試験があるらしいからな。一度ギルドへ行こうと思ってたんだ」
セシルも同意見のようである。
そういやランクアップ試験なんてのがあったな。
今の俺はEランク、異例の速さで試験を受けて合格したわけだが、そこからは大分時間が空いちまったな。
ミラの巨乳も拝んでないし、久しぶりに顔を出すとするか。
ギルドの美人受付嬢、ミラは俺に惚れているのだ。
『そんな設定、今初めて聞きましたが』
『リサーチ不足だな』
あの目を見ればわかる。
時々冷たく当たるのは、いわゆるツンデレってやつだ。
全く機械ってのは人の感情が分からなくて困るぜ。
だがイザベラを置いていくのは少し気が引けるな……なんて考えていると、イザベラは俺を見て微笑む。
「私の事はお気になさらず。気分転換してきてくださいまし」
「そっか。悪いな」
イザベラの言葉に甘え、俺はセシルを連れエレベーターに乗る。
「……なぁアレクセイ、イザベラも連れて来なくてよかったのか? 彼女は僕たちが来る前からずっと地下暮らしなのだろう。ゴーレムとはいえ、彼女こそ気分転換が必要なのではないか?」
「死んだという事にしたからな、流石に今は外へは出ない方がいいだろうよ」
「そうか……」
セシルはしょんぼりと俯く。
なんだかんだで優しい奴だな。
俺はセシルの頭にぽんと手を載せた。
「ま、土産くらいは持って帰ってやろうぜ」
「あぁ!」
エレベーターが地上に着く。
セシルは久々の地上を見渡した後、気持ち好さそうに深呼吸をした。
■■■
そして俺たちはギルドへ辿り着く。
……の、前に鏡を取り出し身だしなみチェックだ。
襟を正し、髪の毛を整えて……うん、オーケーカッコいい。
「……何してるんだ? アレクセイ」
「馬鹿、今から女性に会うんだから身だしなみを整えないと失礼だろう」
「……いつもはそんなことしてないくせに」
呆れ顔で呟くセシル。
失礼な、俺は女性と会う前は必ず身だしなみを整えているぞ。
俺はおほんと咳払いをすると、勢いよく扉を開ける。
カウンターに立つ栗色の髪の美女、ミラへと真っ直ぐに進み、ウインクをした。
「やぁミラちゃん久しぶり。あなたのアレクセイ=ガーランドが来たぜっ!」
ミラはにっこりと笑って、
「……誰でしたっけ」
と言った。
思わずがくんと肩が落ちてしまう。
「ちょ、おいおいミラちゃんそれはないぜ! 俺の事を忘れたのかよ!?」
「嘘ですよ。相変わらず面白い反応しますねアレクセイさん?」
慌てる俺を見てくすくすと笑うミラ。
完全にからかわれている。
見事な小悪魔属性である。
くそう、悪戯っぽい笑顔も美人だぜ。
「……結構久しぶりなのに名前を憶えてくれてたんだな。光栄だ」
「私は一応冒険者全ての顔と名前を憶えていますから。でもギルドに顔を出して憶えてもらう努力をした方がいいですよ。特にアレクセイさんのようにランクの低い方は」
ぐぐぐ、棘のある言い方である。
凹むぜちくしょう。
『惚れられていますね、アレクセイ』
『うっせー』
こうなりゃランクを上げて忘れられない男にしてやるぜ。
ベッドのでな、くくく。
「それでセシルさんはランクアップ試験を受けに来たんでしたか?」
「はい、よろしくお願いします」
「俺もだ、ミラちゃん」
「えーと、アレクセイさんは受けられませんね」
「なぬっ!?」
ミラは俺を見て手元の書類へ視線を落とす。
「アレクセイさんはEランク昇格の後、一度も依頼を達成していませんね。それでは試験を受けることはできません。ランクアップ試験の資格を持つのは、自分と同じランクの依頼を一つ以上こなしていることが絶対です」
しまった、そういえばあれからギルドに顔を出してなかったな。
当然依頼など、こなしているはずがない。
「では今から受けてくるからちょっと待ってろ」
「しかしランクアップ試験は月に一度、本日12時からですよ。現在10時過ぎ、あと2時間もありません。また後日、依頼を達成してから来月にお越しくださいな」
「わかった」
そう言って俺は依頼を貼ってある掲示板へと歩き出す。
「な、何をするつもりですか、アレクセイさん?」
「……うん、これがいいな。ミラちゃん、こいつを受けるぜ」
俺は掲示板から一枚の紙を剥がし、ミラに手渡した。
紙にはこう書かれている『町に巣食う盗賊、ゲッコー団の撃破、及び捕縛。難易度E』と。
他にも色々あったが、町から離れた場所にあるから却下だ。
盗賊どもがどこに隠れているかは知らんが、一人見つければ芋づる式に捕獲できる。
「ゲッコー団は各地で名を馳せた盗賊やゴロツキのかき集めですよ!? しかもどこにいるかもわからないんです! たった二時間で捕まえられるはずがありません!」
「ま、せいぜいやってみるさ。試験の準備をして待っててくれよな」
「ちょ……アレクセイさん!? アレクセイさーん!」
ミラの呼び止める声を背に、俺はギルドを出るのだった。




