軍人、耐える
せり上がってくる人型兵器が、地響きを立てて止まる。
カタパルトから一歩、それが足を踏みだすと足元が頼りなく揺れた。
両目についたモノアイがギラリと光り、マスクから蒸気が噴き出す。
金色のラインが入った黒色のボディ、両腕にはカノン砲とシールドがそれぞれ付いている。
背中のバックパックには、外観から見える部分だけでも多数の武装が積まれていた。
よく見れば両腕両足にも武器が仕込まれている。
やや刺々しいが、スタイリッシュともいえるデザインの機体だ。
「紹介するわね。このコはテスタロッサ。テスタちゃんて呼ぶことを許可するわ。いわゆるゴーレムってやつかしら。私が遺跡で発掘した切り札よぉ」
イザベラの声が響き渡る。
テスタちゃん、ね。機体に名前を付けるとはいい趣味してるぜ。
サイズは17メートル程だろうか。08と同じくらいのサイズである。
さっきいた場所はこいつの格納庫だったというわけか。
『この機体、データに残っていますね。正式名称テスタロッサ四式、何世代も前のとても古い型式の作業用機動外装です。尤も草稿からかなり装甲から武器に至るまで、あらゆる箇所を改造されており、原型は留めていませんが』
過去にこの星に残された機械が発掘、修理され、ゴーレムとして使われているのはさっき聞いたが、こんなデカいモノまで捨てていくか普通。
宇宙法に触れるぞまったく。
「あーあ、計画は一旦破綻ねぇ。まぁこのコさえいれば幾らでもやり直せるんだけどぉ……ここまでめちゃくちゃにしてくれたアナタたちだけは許せないわぁ。完膚なきまでに潰してア、ゲ、ル♪」
イザベラの言葉と共に、機体の上腕部が唸りを上げる。
まずい、プロテクションを張り直した次の瞬間、拳が俺たち目がけ振り下ろされた。
ずずん! と拳が叩きつけられ、俺たちの身体はプロテクションごと地面へと沈む。
「きゃあっ!?」
またも悲鳴をあげ、俺に抱きつくセシル。
俺が攻撃を防いだのを見て、イザベラは感嘆の言葉を漏らす。
「ふぅ、とんでもない強度のプロテクションねぇ。アナタ、油断ならないわ。でも私とこのテスタちゃんを前にして、どうにか出来るのかしら……っ!」
更に、一撃。繰り返し何度も何度も。
がつん! がつん! と拳が叩きつけるたびに、プロテクションにヒビが入っていく。
くっ、このままだとジリ貧だ。
「セシル、次の一撃の前にプロテクションを解除する。跳ぶぞ」
「わ、わかったっ!」
テスタロッサが拳を振り上げた瞬間、俺はプロテクションを解除し穴から飛び出した。
セシルが続いて飛び出した直後、すぐ後ろで拳が叩きつけられ、土煙が上がった。
「走れ!」
セシルを連れ、テスタロッサから逃げるように駆ける。
「あらあら、今度はそちらが逃げる番かしら? 言っておくけど、簡単に逃げられるとは思わない事ねぇ」
テスタロッサが追ってくる。
ゆっくり歩いているだけだが、地響きと揺れで凄まじい圧力を感じる。
いつでも殺せる、とばかりに。まるで遊んでいるようだった。
「ど、どうするんだアレクセイ! あんなモノどうしようもないぞ!? 何か手はあるのか!?」
「いいから走れ! 少しでも距離を稼ぐんだ!」
問答無用でセシルを走らせながら、俺は手元のコンソールを操作する。
画面に映る08の機体モデルからは、破損を示す赤い印はだいぶ消えていた。
よし、修復はだいぶ終わっているようだな。
『動かせるか、シヴィ』
『修復率65パーセント。起動に問題はありません。ですが……』
『構わん! というかやるしかない!』
『……了解、そうですね』
目には目を歯には歯を――機動外装には機動外装を、だ。
『ホーミングレーザー、ロック』
『了解。ホーミングレーザー充填率80、90……発射』
灰色の空に一筋の光が見えた、その刹那。
テスタロッサの真上から極太の光が降り注いだ。
少し遅れて凄まじいまでの土煙が舞い上がる。
「な……なんだこれは……!?」
あんぐりと口を開け驚くセシル。
ホーミングレーザーの中心温度は一万度をゆうに超える。
鉄板など一瞬で溶かしてしまう威力だ。これならひとたまりもあるまい。
そのはずなのだが……もうもうと立ち込める土煙の中で、二つのモノアイが不気味に光る。
『効いていません。敵機、無傷です』
『げっ、マジかよ』
「ふふ、ふふふふふ……今のもアナタの魔術、かしらぁ? こんな事も出来るのねぇ?」
土煙を払いながらテスタロッサが姿を現す。
マジで無傷だ。どうなってんだ?
『解析中……あの機体の装甲には例の特殊合金が使われているようです。電磁波によるスキャンを一切受け付けません』
『そういえばさっき地下で感じてたイザベラの気配がいきなり消えたっけな。コクピットの扉を閉めたから、か』
ホーミングレーザーは電磁誘導にて瞬間的に熱を生み出し、敵機を破壊する武器だ。
電波が散らされれば威力は出せない。
ならばスキルはどうか。
俺は『魔導師』のジョブをセットし、アイスストライクを発動させる。
放たれた氷の刃がテスタロッサへと飛んでいき、その両足に突き刺さった。
凍結により一瞬動きの止まるテスタロッサだが、少し動いただけだ即座に砕け散ってしまう。
「ならこいつはどうだ」
続いてファイアランス、エアブラストを発動させる。
だがやはりどちらも大したダメージは与えられなかった。
「無駄無駄無駄無駄! 私のテスタちゃんに魔術は効かないの。残念でしたぁー!」
うーむ、スキルも駄目か。
ただプロテクションで防げるところを見ると、一旦固定されたものを無効化する訳ではないらしい。
という事は、俺の身体を強化するスキルなら有効かもしれないな。
「セシル、離れてろ」
「何をするつもりだ?おい、アレクセイ!」
俺はジョブを『商人』にセットし、アイテムボックスからロングソードを取り出した。
続いてジョブに『戦士』をセット、剣を構えて斬りかかる。
「っでぇい!」
そして一文字斬を発動。力が漲り、導かれるままに剣を振り下ろす。
ぎぃん!と、音を立て刃先が砕け散った。
「あははっ! 無駄だと言ってるのがわからないのですかぁ!?」
テスタロッサが右腕を上げ、カノン砲を向けてきた。
連装式ビームガトリングが唸りを上げ、光弾が降り注ぐ。
ヤバい、俺はセシルのいる場所は着地すると、咄嗟にプロテクションを展開した。
なんとか防いだが、外れた光弾の衝撃で地面が削れ、地面に無数のクレーターが生まれていく。
「中々楽しませてくれましたねぇ。でも鬼ごっこはおしまい。こうして貼り付けにしてしまえば動けないでしょう?」
イザベラが勝ち誇る。
「アレクセイ、このままじゃいつかプロテクションが破られるぞ! こんなに撃たれちゃ逃げる間もない!」
「わかっている。だがビーム兵器は連打すると銃身が熱くなり、すぐ駄目になるはずだ! 少し耐えれば……」
ずしん、と地響きが鳴った。
「確かに、このままだとすぐに銃身がダメになってしまいます。エネルギーも勿体無いですしねぇ? で、もぉ……」
ずしん、ずしんとテスタロッサが近づいてくる音が聞こえてくる。
こいつ、まさか……嫌な予感がする。
ずしん! と音がすぐ目の前まで来た直後、更なる衝撃が俺たちを襲う。
「きゃあああああっ!?」
悲鳴を上げて俺にしがみつくセシル。
プロテクション越しに伝わる凄まじい重さ……どうや
テスタロッサに踏みつけられているようだ。
「あはっ!ははっ!あはははははっ! どうかしらぁ!? これなら銃も使う必要もありませんねぇ!」
プロテクションがミシミシと音をたて、小さなヒビが生まれていく。
「アレクセイっ!」
「大丈夫……だ……っ!」
割れる寸前、俺はプロテクションを張り直し何とか持ちこたえた。
安堵の息を吐くセシル。イザベラの舌打ちの音が聞こえた。
「……随分しぶといですのね。とはいえだいぶ押し込められたようですねぇ。プロテクションとの幅が猫の額くらい狭くなっているみたいですがぁ」
「逃げる事も出来ない、助けも来ない……いっそ苦しまずペシャンコになった方が合理的かと思うのですがぁ?」
「生憎と諦めが悪いタチでね……!」
ぐぐぐ、とさらに地面に押し込まれていく。
俺の服を握るセシルの手に、力が込められる。
「アレクセイっ!」
「お、わ、り、ですわっ!」
ぴし、とヒビが生まれたその刹那である。
ォォォ……と、音が聞こえた。
風を切るような音は、徐々に大きくなっていく。
「む……この音は一体……?」
ゴォォォォォォ……!
音は煩いほどになっていた。
ようやくそれに気づいたのか、テスタロッサの動きが止まる。
「やっときやがったか」
俺は口元に笑みを浮かべた、その直後である。
がああああああん! と衝撃音が鳴り、テスタロッサが吹き飛んだ。
頭上では雲が破れ、空が開けている。
空には巨大な影が浮かんでいた。
『これでも最速で飛んできたのですよ。感謝してください』
頭の中に声がシヴィの響く。
影の姿形が鮮明になっていき、そして
俺たちのすぐそばに降り立った。
見上げればそこにいたのは俺の長年の相棒。
白金の巨人、我が愛機、シビラ08高機動型だった。
ででっでっ!ででっでっ!ででっでっ!




