軍人、また落ちる
『試験開始から一時間が経過しました。セシルはもう二、三体狩っているのでは?』
『問題ない。レアスライムの気配はわかったからな』
クラスアップした気配察知は広範囲の生物の気配を探れるだけでなく、その大小をも探知できるのだ。
すなわち、気配の大きさで魔物の区別をつけられるという事。
レアスライムの気配の大きさがわかった今、その大きさを探知してそれだけを狙える。
『シヴィ、レアスライムの気配に色を付けて表示してくれ』
『了解、レアスライムの気配を赤色で表示します』
シヴィが答えると、マップに表示されている気配が幾つか赤くなった。
これを追っていけばレアスライムに出会えるというわけだ。
『加えて最寄りのレアスライムへの最短ルートを表示します』
『サンキュー、気が利くな』
シヴィがマップを弄ると、赤い印への道筋が表示された。
あとはこの通り進むだけである。
よし、ここから巻き返していくとするか。
俺は赤い印に向かって駆ける。
出てくる他の魔物は全く脅威にならないので、基本スルー。もしくはワンパンで撃破だ。
どうもレアスライムは俺から逃げるように移動しているようだ。
人の気配を探知しているのかもしれない。
だったらセシルもまだ倒してないかもな。
『反応まであと僅かです。逃さないように』
『わかってるよ』
角を曲がると、俺を見て右往左往するレアスライムがいた。
袋小路に投げ込むように追い詰めたのだ。
逃げられないと察したのか、レアスライムは俺に体当たりを仕掛けてくる。
俺は身を躱しざま、ロングソードを軽く振るった。
「ほっ!」
レアスライムに剣を当て、はたき飛ばす。
勢いよく飛んでいったレアスライムは、壁に当たって跳ね返ってきた。
そこへ更に、一撃。
またも壁に当たって跳ね返ってくる。
テニスの壁打ちの要領で、レアスライムを叩き飛ばし続ける。
何度か繰り返した後、壁に当たったレアスライムはただの液体となった。
ちなみに今回はアイテムは盗めなかった。残念。
戦闘を終えた俺は、また新たにレアスライムを追う。
シヴィの記した最短ルートを駆け、片っ端から潰していく。
レアスライムの移動速度は中々だが、俺の方が早い。
本気で追えばすぐに追いつく。
『次、8体目です』
『あいよ』
通路を直進していると……見つけた。レアスライムだ。
俺は一気に加速し、すぐ横に立つ。
跳ねた瞬間を見計らい、ロングソードを降り下ろし地面に叩きつけた。
大きくバウンドしたレアスライム目掛け、空中で剣を振るう。
「いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな、はち、く……」
カウントと共に、宙に浮いたレアスライムを下から剣で刻んでいく。
さながらお手玉の要領で。
レアスライムは抵抗することが出来ず、されるがままだ。
これなら壁がなくとも、逃さず倒すことが可能。
「――じゅう、っと」
最後に一発、地面に叩きつけるとレアスライムは破裂した。
窃盗に成功しました。レアメダリオンを獲得。
お、久しぶりに窃盗が成功したぞ。
しかし一体何に使うんだろうかなどと考えながら、アイテムボックスに仕舞っておく。
『さて、あと一体だな。シヴィ、一番近いポイントは?』
『最短ルートを表示します』
マップに表示されたルートに従って、走る。
結構遠いな。マップのほぼ反対側だ。
ここまで来ると数もかなり減っているようである。
セシルもそれなりに倒しているのだろう、大詰めといったところか。
シヴィの示したルートに従い、ひた走る。
マップを横断し、反対側まで向かう俺の前に見知った人影。
鎧姿の前に金髪、あれはセシルだ。
「いよっ、セシルじゃないか。こんなところで会うとは奇遇だな」
「む、アレクセイ……! この先のレアスライムは私が追っているのだぞ」
「どうやら同じ獲物を狙っているようだな。だがしかし、譲るつもりはない。先に倒した方のものだぜ」
世の中早い者勝ちである。
兵は拙速を尊ぶという名言もあるくらいだしな。
ちなみに俺の実家では、ご飯は早い者勝ちで呼ばれてすぐに行かないと食べるものが何も残っていなかったりしたものだ。
「……ふん、だからといって邪魔はなしだぞ」
「当然だ。お前相手に脚を引っ張るメリットがないからな」
俺の言葉に苦笑いするセシル。
「ちなみに倒した数は?」
「9」
「僕もだ。ということはこの先のレアスライムを倒した方が勝ちたいうわけだ……な!」
言うとセシルの速度がぐんと上がった。
なにっ!? なんだあの速度、ありえんだろう。
『どうやら何か、移動速度を上げる類のアイテムを使ったようですね。セシルの身体能力が一瞬にして向上しました』
『そんなのアリかよ……くそっ!』
俺は脚に力を込め、限界まで速度を上げる。
移動速度上昇に加え、単純な筋力による全力疾走。
周りの景色が流れていき、すぐにセシルの背中が見えてきた。
「な、何!? 貴様もスピードポーションを持っていたのか!?」
「ふふん、当たり前よ。万事備えあれば憂いなしってな」
スピードポーションが何なのかはわからんが、やはりアイテムによるもののようだ。
よくわからんが知ってるフリをしておこう。弱みは見せたくないからな。
俺の全力とセシルの速度は互角、邪魔話。
ならばどちらが先に獲物を捕らえるかという勝負。
レアスライムの気配が近づいてくる…………いた。
「っ!?」
見つけた瞬間、違和感を感じる。
壁面の石の積み方がどこかおかしいのだ。
罠か? 俺は嫌な予感に思わず速度を緩める。
「おい、止まれセシル! 何かおかしいぞ」
「ふん、その手には乗らん!」
だがセシルは俺の忠告に乗らず、速度を緩めようとしない。
俺が立ち止まったその直後である。
ずずん! と地響きがしてセシルの足元が大きく沈んだ。
「な――!?」
地面が崩壊しているのだ。
落とし穴か、セシルの周囲が崩れ落ちていく。
俺は舌打ちをしながらも、セシルに手を伸ばし掴んだ。
引き上げようとしたが、俺の足元も大きく揺らぐ。
――落ちる。
跳ぼうとしたが間に合わず、俺は穴の中へと飲み込まれていく。
「な、何故僕を助けた!?」
「黙ってろ、舌を噛むぞ」
俺だって助けたくて助けたわけではない。
つい身体が動いてしまったのだ。
全く損な性分だ。
後悔する俺の目の前、床の上には無数の針が生えている。
ニードルトラップか、だがこのくらいなら対処可能。
俺は『魔術師』のジョブをセットすると、スキル欄にあるアイスショットを発動させる。
かざした手から氷の塊が発射され、針の床へと飛んでいく。
氷の塊が針に激突し、俺たちは無事その上に着地出来る――その予定だった。
――だが、地面に落ちた氷の塊は、針ごと地面を貫き大穴を開けてしまった。
しまった、予想以上に威力が高すぎたようである。
抜けた床の底、闇の中へと俺とセシルは落ちていった。




