軍人、試験開始する
「町の中央にギルドが管理しているダンジョンがあります。そこの一階層にレアスライムを放ちますので、10体退治してください。それが出来れば無事、Eランク昇格です」
これは詳細です、と付け加えてミラがテーブルに広げた書類には、液体を丸めたような魔物が描かれていた。
ほほう、こいつがレアスライムか。
ゲームとかでよく見る粘体型雑魚敵に似ており、如何にも弱そうだ。
「ご存知の通りスライムの亜種ですが、本来のものと違い自ら人を襲ったりはしません。しかし逃げ足がとても速く、捕まえるのは相当な技術が必要です。ダンジョン内では他の魔物も襲ってきますので、注意して狩ってくださいね。獲物を狙う技術、倒す戦闘力、長時間戦い抜く生存力、それらの総合力が試されます。言わずもがなですが、ズルをしたらすぐわかりますのであしからず。……何か質問はありますか?」
ミラの質問に、俺は手を挙げる。
「ダンジョンってのはどこだ?」
「なんだ貴様、そんなことも知らないのか?」
知らないから聞いたんだよ。
冷ややかな視線を向けてくるセシル。
「アレクセイさんはこの町に来たばかりですから、知らないのも無理はありませんよ。町の中央に昔から存在する巨大なダンジョンです。中はとても広大で、まだ誰も踏破していません。上層では冒険者たちが狩りをし、それで得たアイテムを売って生活しているのですよ」
だがミラはそんな事はおくびにも出さず、答えてくれた。優しい。
「ちなみに中に入るにはEランクになってようやく自由に出入りできるというわけだ。わかったか? 破廉恥男」
カチンと来た俺は挑発し返す。
「あぁわかったぜ。セ・シ・ルちゃん」
「貴様……!」
「あぁもうお二人とも、喧嘩はやめて下さいな」
ミラが止めに入ってくる。
確かに、少し大人気なかったかもしれないな。
だがこいつは気に入らないし……そうだ、いいことを考えたぞ。
「じゃあこういうのはどうだ? 俺とお前、どちらが先にレアスライムを10体狩れるか勝負するってのは」
俺の提案に、セシルは微笑を浮かべ頷いた。
「……ほう、面白い。いいだろう」
「決まりだな。負けた方は何でも一つだけ言う事を聞くって事で」
「その約束、忘れるなよ」
「お前こそな。吠えずらをかかせてやるぜ」
「……あぁもう、この人たちは……」
火花を散らし合う俺とセシルを見て、ミラは頭を抱えるのだった。
――準備を終えた俺たちは、早速ミラに連れられ町の中央に位置するというダンジョンへ向かう。
近づくにつれ冒険者や、それを商売相手とする武器商人、道具商人が増えていく。
その先に見えるのは巨大建築物のシルエットだ。
太古のピラミッドを思わせるレンガを積み重ねたような山の中央に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
『内部をスキャンしましたが、入口が少し見えただけですね。ミラの言葉通りかなりの深さのようです』
『そりゃ攻略し甲斐のある事だな』
こちとら未知のダンジョンにワクワクする程、子供でもない。
ダンジョンなんてゲームならまだしも、魔物がいくらでもいる上にどこまで続くかもわからない不潔な場所だ。
命の危険はもちろん、シャワーや寝床、食料の問題もある。
そんな危険な場所に、金や名誉程度の為に入る気は起きないな。
セシルはやる気満々と言った顔だが。マゾかこいつ?
そんな事を考えているうちに、ダンジョンへとたどり着く。
入り口には兵士が二人立っており、ミラが進み出て頭を下げる。
「お疲れ様です」
「これはこれは、そういえば今日はクラスアップ試験でしたかな?」
「えぇ、今回は二人です。通して貰えますか?」
「どうぞどうぞ」
兵たちはミラに頭を下げると、俺たちに通るよう促した。
「彼らはダンジョンの番人です。魔物が溢れないよう、見張ってくれているのですよ」
ミラの解説を聞きながら、ダンジョンの中に足を踏み入れた。
中は石造りの小部屋となっており、その下に深い階段が続いていた。
冷たい空気がどこか不気味だ。
「ここを下りれば一階層です。魔物も出現しますので注意してくださいね。……さて、早速試験を始めましょうか」
ミラが空中で指を動かすと、そこに魔法陣のようなものが出現し、大量のスライムが降ってきた。
水銀の雫が大きくなったような、ぶよぶよの球体。
おぉ、あれがレアスライムか。
「ぴっぴーーーっ!」
レアスライムは出てくるや否や、階段を転がるように逃げていく。
今使ったのはアイテムボックスのようなスキルだろうか。
魔物も入れることが出来るんだな。面白い使い方が出来そうだ。
「今、30体のレアスライムを放ちました。倒した数は私が常に把握しています。仮に他の冒険者や魔物が倒した場合には再度補充いたしますのでご安心を。制限時間は翌日の10時まで。……なにか質問はございますか?」
「ない」
「俺もだ」
俺たちの返事に、ミラは頷く。
「わかりました。では試験――開始」
ミラの声と同時に、俺とセシルはダンジョンの中へと駆けこむのだった。




