軍人、クラスアップに挑む
翌日、俺は朝早く起きて宿で出された朝食をかき込んでいた。
ソーセージと野菜の入ったスープにパンという簡素なものだが、中々美味い。
俺たち好みに合わせて調理法や味付けを伝えているからだろう。
軍で食べていたものより美味しいくらいだ。
『いやぁ、先日は見事な捨て台詞でしたね。そこらのチンピラも真っ青です』
『誰がチンピラだ。誰が』
シヴィが軽口を叩く。
チンピラって……悪役よりランクが落ちてるじゃないか。
『しかしアレクセイ、いつもは昼ごろようやく起きてくるという自堕落ぶりだというのに、今日は妙に急いでいますね。何かあるのですか?』
『ふっ、実はミラちゃんから呼び出しを食らっているのだよ』
先日、夜に俺宛にミラから手紙が届いていたのだ。
朝十時までに顔を出せとのことだった。
これはきっとデートの誘いに違いない。うむ、苦あれば楽あり。
なお、この世界にもちゃんと時計は存在している。
というかステータスウインドウの右端に時計が映っている。現在9時18分。
これ、恐らくだがPCのモニターか何かを流用しているな。便利でいいけど。
食事を終えた俺は、部屋に戻ると鏡の前に立つ。
デートの前には身だしなみを整えるのは男としての必須事項だ。
隣に立つ女性に不快な思いをさせてはならないのである。
『うーん、ずっと戦場にいたからな、結構ぼさぼさだ』
女性の目がなければわざわざおしゃれする必要もない。
とはいえ、無頓着すぎても急な事態に対応できない。
やはり日々の努力が肝心だな。大昔の武士はいつ首を落とされてもいいように化粧をして戦に臨んだという。
今の戦い、首を取り合うなんてのはナンセンスだが、戦場で美女とロマンスがあるかもしれないし、やはり身だしなみは整えておくべきだろうか。
そんな事を考えながら、サバイバルナイフ一本で髪の毛と眉を整え、髭を剃っていく。
ばっさばっさと毛が落ちていくが、俺の肌には傷一つ付いていない。
慣れれば案外平気なもんだ。ざぱっと水で洗って完成……だが、水で整えただけなのですぐに髪がばらけてしまう。
『ワックスがあればなぁ。ぜいたくを言えばスーツと香水も欲しかった。デートの誘いはうれしいけど、急すぎて準備も出来ないぜ』
『そうは言いましても、どちらもこの町の市場にはありませんでしたよ』
『だからこそ他の男どもと差をつけられたんだが……まぁいい、このままでも十分カッコいい。だろ? シヴィ』
『はいはいそーですね』
軽く流されてしまった。悲しい。
精一杯キメた俺は、宿を出てギルドへ向かう。
「ミラちゃーーーん! あなたのアレクセイが来ましたよーーー!」
勢いよく扉を開けて中に入り、ミラの元へと走る。
手を握ろうとするが、あっさり躱されてしまった。
くっ、速い。俺の行動パターンを読まれている、だと……?
ミラは躱した手を後ろで組み、にっこりと笑う。
「お待ちしておりましたアレクセイさん。今日お呼び立てしたのはランクアップのお話でして」
「む……?」
そういえば前にそんなことを言ってた気がする。
冒険者ランクがどうとかこうとか。
だがミラは渋っていたような気がしたのだが。
「先日申請していた書類が通りました。本来ならもう少し経験を積んでから……という話なのですが、ギルド上層部にとある貴族から圧力がかかったとかで、私としてはどうとか思いつつも、まぁアレクセイさんの実力は私も認めておりますから。えぇ」
とある貴族? もしかしてリルムの事だろうか。
父親も涙を流して感謝していたし、俺の事を聞いて口添えをしてくれたのだろうか。
『別に涙を流してはいませんでしたが、そういった動きが音声データに記録されています』
シヴィがその話を聞いていたようだ。
カーシャの容体が悪化した場合の為に、シヴィに音だけをチェックさせておいたのである。
いやらしい事は微塵も考えていない。本当だ。本当である。
カーシャとはあまり仲良くなれず無駄足かと思ったが、今にして思えば協力して良かったかもしれないな。
「こほん、関係のない話でした。とにかくランクアップの試験を受ける事が出来るのですが、いかがいたしますか? これに合格すれば晴れてEランク冒険者となりますが……」
「勿論受けるさ。合格の折にはデートの誘いをしてもいいかい?」
「それはお断りします」
さくっと断られてしまった。
つらい、だがランクアップすればミラも放ってはおけないはずだ。間違いない。
「ふん、相変わらず軽薄な男だな」
どこかで聞いた声に振り返ると、そこにいたのは先日俺と揉めた騎士っぽいイケメン、セシルだった。
「な……お前、なんでここにいるんだ!?」
「僕も冒険者だからな。全く、お前みたいな奴がいると冒険者全体の質が疑われる。だから注意したんだ」
つまらなそうに言うセシル。
まさかこいつも冒険者だったとは。
くそう、ミラの前で格好つけやがって、やっぱりいけすかない男である。
向こうも同じように思っているようで、俺とセシルの間に火花が散る。
「私がお呼び立てしたのですよ。アレクセイさん、セシルさん、今回のクラスアップ試験はお二人に参加して頂きます」
「何ぃ!?」
俺とセシルの声が綺麗にハモる。
「試験には色々と準備も必要ですので、月に一度しか行えないのです。その際に数人まとめて参加、という形を取っておりまして……もちろん、どちらかがズラして、来月にしていただいても構いませんが」
「それは断る」
またも、綺麗にハモる。
こいつと一緒に試験を受けるのは嫌だが、その為にこちらがズラすのは負けた気になるからもっと嫌だ。
セシルも同じ気持ちのようである。
俺とセシルが火花を散らし合うのを見て、ミラはくすくすと微笑む。
「あらあら、仲がよろしいですね」
「よくない!」
またまたハモる。こいつ俺の考えをトレースでもしてるのか!?
俺が睨みつけると同時にセシルも俺を睨んでいた。
「ともあれ、よろしければ説明に入らせていただきます。どうぞこちらの部屋へ」
ミラが奥の部屋へと入っていく。
「……ふん」
俺とセシルは互いに顔を逸らせながら、それに続くのだった。




