軍人、凹む
町へ帰った俺たちは、早速リルムの父親の元へ黒ずくめの男たちを連れて行った。
数珠つなぎにした男たちを見て、父親は目を丸くしている。
「なんと、貴殿が娘の病をを治せるというのか!?」
「お父上。この者たちがあなたの大切な娘さんに毒を盛ったそうで、私が成敗したというわけです。……おいお前ら、解毒薬を出しやがれ」
「……わかった。腰の袋に入っている」
男は既に抵抗する気力を失ったようで、大人しく解毒剤の場所を白状する。
腰の袋を探ると……あった。
小さな瓶を見つけた俺は、鑑定を使ってみる。
解毒薬。特殊な毒を回復させる効果を持つ。
ふむ、どうやらこいつで間違いないようだ。
「ではお父上、娘さんのところへ案内して貰えますか」
「う、うむ……そ、そうだな」
父親は戸惑いながらも頷き、俺を部屋の奥へと案内する。
リルムは俺の服をぎゅっと握り、泣きそうな顔をしていた。
俺はそんなリルムの頭に手を載せる。
「大丈夫だ」
「……はい」
リルムはより強く俺の服を握り締める。
待ってろよ美人のお姉さん。すぐに助けてやるからな。
「カーシャ! 起きているか? カーシャ!」
大扉を開け中に入ると、天涯付きのベッドから寝息が聞こえていた。
カーシャちゃんというのか、可愛い名前だ。
父親が飛んで中に入ると、眠っていた少女を揺さぶり起こす。
「ん……お父様……? どうかしたのですか? ……けほっ」
成熟した女性の声、カーテンのシルエットごしに映る細い身体、豊かな胸。
間違いなく美女である。
俺は辛抱溜まらず父親の横から身を乗り出した。
「カーシャ! この人がお前の病を治せる薬を届けてくれたぞ!」
「えぇ、あなたの為に駆けつけました。アレクセイと申します、以後お見知りおきを――」
言いかけて俺は目を大きく見開く。
寝起きだからか栗色の髪はくしゃくしゃで、病のために顔色は悪いがそれでもとびきりの美女。
しかも巨乳!俺はカーシャの手を取り、その目をじっと見つめた。
「あなたの病は必ず治します。ご安心を」
「は、はぁ……」
ぱちくりと瞬きをするカーシャ。
鑑定で見ると、どうやら特殊な毒状態のようだ。
特殊な毒、としかわからないのは鑑定のスキルレベルがCだからか。
ある程度は出たとこ勝負でいくしかないな。
「さ、これを……」
「カーシャ、飲むのだ」
「……はい」
意を決したようにカーシャは薬を飲み干した。
淡い光がカーシャを包み、顔色がよくなっていく。
おお、どうやら効いたようだ。鑑定状態で触れていたから、毒が解除されたのがよくわかる。
カーシャは大分しっかりした顔になっていた。
「……なんだか、楽になってきたようです」
それにしても効くのが早いな。
レベルアップも瞬時に身体能力が上がるし、これもまた魔素のおかげといったところか。
「おお……よかった! カーシャ!」
「よかった! お姉さまっ!」
リルムと父親はカーシャに抱きついた。
感動の場面である。よし、俺もどさくさに紛れて抱きつこう。
そう思った時である。
「カーシャ!」
若い男の声が、寝室に響く。
なんだなんだ、今度は兄貴か?
男はベッドに駆け寄ると、カーシャの肩をぐいと掴んだ。
「カーシャ……よかった。無事で……!」
「ヒイロ……」
潤んだ目で互いを見つめ合う二人。
完全に二人の世界に入りきっているようだ。
二人はそのまま顔を近づけ、口づけを交わした。
「は……?」
あまりの事態に俺は固まる。
「これで無事、結婚式を挙げられるわね、ヒイロ!」
「あぁ、どうなる事かと思ったが……これもあなたのおかげです!ありがとうございます、アレクセイさん!」
「お、おう……」
呆けた返事をしながら俺は、二人がいちゃつくのを眺めていた。
■■■
「ちくしょう、婚約者がいたとはなぁ!」
屋敷を出た俺は声を荒らげる。
幾ら何でも婚約者がいるのに迫るなんて事は出来ない。
『残念ですねアレクセイ。ですが見直しました。あなたなら婚約者を押しのけてあの美女の胸の一つでも揉んでそうでしたのに』
『俺をなんだと思ってるんだ』
これでもモラルはある方である。
しかし惜しい。あれだけの美女をみすみす逃すとは……婚約者がいなくなれば或いは……いやいや、美女の悲しむ姿は見たくない。
美女の命が助かっただけでもよしとすべきである。
それに礼金も貰えたしよかったじゃないか。
うん、そうだ。俺はいい男だ。聖人なのだ。そう自分に言い聞かせる。
「アレクセイさん!」
屋敷を後にしようとした俺の後ろから、リルムが声をかけてくる。
駆け寄ってきたリルムは、勢いよく頭を下げてきた。
「あの、ありがとうございました! 本当になんてお礼を言っていいか……」
「あー、いいっていいって、子供が変な事気にするな」
パタパタと手を振るが、リルムは気が済まないのかまだ立ち去ろうとしない。
「……アレクセイさん、少し腰をかがめて貰えますか?」
「構わないが」
言われるがまま、腰を屈めた瞬間である。
リルムが俺の頬にキスをしてきた。
目を丸くする俺を見て顔を赤らめている。
「で、では! おやすみなさいっ!」
しかし突然ハッとなったリルムは、勢いよく頭を下げ屋敷の中へと走っていった。
途中転びそうになりそうだったぞ。危なっかしいな。
『おやおやアレクセイ、意外にモテるじゃあないですか。ニヤニヤ』
『……うっさい』
からかうシヴィを睨みつける。
くそう、あと五年……いや、三年後なら……重ね重ね残念だが、こればっかりは仕方ない。
俺は無念に思いながらも屋敷を後にした。




