7 レイ
初クエストの達成と初PKをしたあの日から約一週間、あの日から次の休日がやってきた。
この日も斑鳩貴嗣のアバター、エコーはクロスファイアの中で確認された。特別現実でやることも無く、暇を持て余していたからである。
彼が何となくシティエリアでプレイヤーが行く集まって情報収集や談笑をする場所、酒場で時間を潰している。そこで最近のニュースやイベント情報などが表示されているウィンドウをスクロールしてざっと流し読みしていると近くからこんな会話が耳に入ってきた。
「なあ、エクスキャリバーっていうクラン知ってるか?」
「エクスキャリバーってあの初心者狩りで有名なクランだろ? 騙し討ちに近い形でPKをする事で有名な奴らだ。で、そいつらがどうしたんだ?」
「いや、俺も聞いた話で信憑性に欠ける話なんだけどよ、何でもこの間、奴らPKしようとした相手にPKKされて全員返り討ちに会ったって話だぜ?」
「そりゃあ傑作だ! 連中もとうとう焼きが回ったって訳か?」
「そんなところだろうさ。それと面白いのはこれだけじゃないぞ? 連中のリーダー……なんて言ったけっか忘れたけどソイツ、ジャングルのど真ん中で拘束されたまま爆殺されたってよ」
「はははっ! こりゃ最高だ! 初心者を狩ってばかりで俺も好かない連中だったんだ! ざまぁないな!」
会話の一部だろうけど、こんな話が聞えてきた。その内容はどう考えてもこの間のエコーとトーゴーが倒したクランについてのことだ。
そして最後にこんな事も聞こえた。
「それからいろいろあってエクスキャリバーの連中は解散。理由は俺も知らん。奴らを倒したプレイヤーも何処の誰か分かってないって話だ。ただ分かってるのはストールを頭から被った二人組の男ってだけだ」
「へぇー、そんな凄腕の奴がいるもんなんだな」
そこまでは横で聞き耳を立てて聞いて、それ以上は聞かないことにした。盗み聞きを終えるとまた彼はウィンドウをスクロールし始めた。今はクエストを探し始めている。
因みにエコーがブーニーハットの上からメッシュストールを被るにはフィールドに出てる時だけなので今は被っていない。ブーニーハットもである。
その為、彼らが話している噂の人物がすぐ傍で盗み聞きしているとは思いもしないだろう。
「そうかそうか。まぁあれだけの量の爆薬で殺せばそりゃあ目立つよな。噂になるのも頷ける」
噂にはなっていてもその当の本人はあまり気にしていないようだ。今ここに居ないトーゴーはどう思っているかは知らないが――。
「さて、そんな事よりも今日のクエストは何にしますかね~?」
噂話よりも今日こなすクエストの方が重要なようであった。さっきまで各種情報が表示されていたウィンドウには今はクエストの一覧がずらっと表示されている。その中から今日のクエストを選ぶわけだ。
今日はトーゴーがまだ来ていないので一人でする予定だ。
「よし、今日はこれにするか……」
適当なクエストを選択し、いざこれからフィールドに出ようとした時だった。
「あのぅ、すみません……」
クエスト開始のボタンを押そうとした指が止まり、エコーは声にする方へ首を向ける。そこに居たのはローブで身を隠した随分と背丈の小さなアバターだった。
「えっと……、俺に何か用ですか?」
見ず知らずの他人だったためエコーは敬語で訊ねた。
「今からクエストに行くんですよね? よかったら私も同行させてもらえませんか?」
「それは構わないですけど、何で俺がクエストに出ると知ったんです?」
「すみません! 別に悪意が有ってやったんじゃないんです! たまたま貴方がクエストを選択していたところが目についたので……。本当にすみません。人の画面覗くなんてマナー違反ですよね、他をあたります」
そういって目の前の相手はこの場を立ち去ろうとした。だがそれをエコーは阻止した。
「まあそう慌てない。確かにそれはマナー違反かもしれないが、次から気を付ければいいだけのことでしょう? それに俺も今日は連れが来なくてソロで動いていたんだ。たまには初めましてのプレイヤーと組むのもいいんじゃないかな?」
「という事は……同行させてもらってもいいんですか!? ありがとうございます!」
「そういう訳でよろしく頼むぞ? あぁそれと俺の名はエコーだ、ここからはフランクにさせてもらう。どうも堅苦しい話し方は苦手でな」
「こちらこそよろしくお願いします! 私はレイって言います!」
元気よく答えたレイという名のプレイヤーを引き連れてエコーはクエストへと出発した。
エコーがクエストのためにシティエリアからフィールドエリアに出てから小一時間ほど時間が経過した。もうこの時点で受注していたクエストは既に完了しており、レイと共になるべく人目につかない物陰で小休憩を取っていた。
「いやはや、まさかレイが女性だったとは驚いたよ」
「騙してたみたいでスミマセン。でもああしないと変なプレイヤーが寄ってきちゃうんで……」
レイはシティではフード付きのポンチョを目深に被ってその姿を外から性別すら分からないようにしていた。その中身はエコーが驚いていたように、女性。栗毛のショートボブに猫目が特徴的な、女性と呼ぶにはまだ早い、少女のような小さな背丈のアバターだった。
そんな小さな女性アバターが大っぴらにゲーム内をうろついていたらナンパ目的で近づいてくる下心見え見えのプレイヤーが寄ってくることは必至であった。だから彼女は自己防衛としてこうして姿を隠していたそうだ。
「君が言う変なプレイヤーとは俺もそうかもしれんぞ?」
「エコーさんからはそんな感じがしなかったので声をかけたんです。やっぱり迷惑でしたか?」
「いいや、そんな事は無い。むしろいつもとは違う戦い方で新鮮な気分だったよ」
「そう言ってもらえると有難いです。あ、これも何かの縁だと思うのでこの際だからフレンド登録してくれますか?」
「いいだろう」
そして二人はコンソール画面を開いてお互いのプロフィール情報を交換した。これによって二人はフレンド登録が完了した。お互いがログインしているかどうかもこれで一目で分かるし、ゲーム内でのみのメールなどで連絡を取り合うことも出来るようになったわけだ。
そしてエコーのフレンド登録欄がトーゴーとレイの二人になった。
「さてと、いったんシティへと戻ろう。そこでデブリーフィングだ」
「で、デブリ?」
そうこうしている間に二人の姿はフィールドから消えた。
そしてフィールドから戻った二人の姿は先程まで居た酒場で確認できた。
「さてとレイ、俺は今から君に言いたいことが山ほどある」
「えっと……それは……」
レイは目を左右にキョロキョロさせながらエコーが放つ気迫に押され、まるで怯えた小動物みたいになっていた。
「そう怯えるな。別に取って食おうだなんて思てない。先ずはそうだな……君は射撃はあまり上手くないな? こと精密射撃の部類は特に苦手意識を持っているんじゃないか? 例えばスナイパーとか。それにまだ始めたての初心者だろう? 違うか?」
「スゴイ! 全部合ってる。エコーさんは私のことをさっきのクエストだけで全部見抜いたんですか?」
レイは自分がまだまだ始めたての初心者であるという事を見抜かれ、驚きを隠せずにいた。
「全部ではないが、大体の戦い方は把握した。そして問題点もな」
「問題点?」
「あぁ、これは君の今後の成長に大きく関わるかもしれない。よく聞くんだ」
エコーが真剣なまなざしでそう言うと、対面に座って話を聞いているレイは思わずゴクリと唾を飲んだ。彼女は今から何を言われるのだろうかと考えていた。
「先ずはレイ、君の戦い方についてだ。レイ、君はまだちゃんと狙って撃つ射撃法は苦手だろう? 大雑把に狙いを合わせてすぐさま撃つ癖が有る。そのせいで中々有効打を決められない。だから君は当たらないからと言って無闇矢鱈と突っ込んでいくのだろう? 突撃することが悪いとは言わないが、それをするためには事前段階で入念な作戦を練る必要がある。考えなしに突っ込むのは自殺行為と同じだ。まだ今回はNPCが相手だったからよかったものの、あれが中身の入ったプレイヤーだとしたら確実に返り討ちに会っていただろうな」
それから更にエコーの説教じみた解説が続いていく。
「――だからいいか、突撃するのであれば行動に移す前にどう動くかとかしっかり考えてから実行しろ。俺たちがやるのはそこらの連中がやっているようなドンパチする殺し合いじゃない、入念な事前準備の元行う一方的な殺戮だ」
この時点でレイはエコーが何を言っているのかチンプンカンプンな状態のようで、その様子はマンガなどでよく見かける口元から魂が抜け出ている時の表現に似たような姿をしていた。
それでもエコーのお説教紛いの解説は止まらない。
「だがそれでも君の強みも見つけた。聞きたいか?」
それを聞いた途端、レイの意識は戻ってきた。
「聞かせてください! お願いします。もっと強くなりたいんです!」
「よし……レイ、君の他の誰にも無い君だけの強みを教えよう。それはだな……その小さな身長と俊敏性だ」
レイの身長は約150cm有るか無いか程度の身長しかない。このゲーム内ではこの身長というのはどちらかというと低い方だ。
横に対物ライフルを立て掛けてその横にレイを立たせると、どっちが大きいのか分からなくなるくらいの身長しかない。
そしてレイのもう一つの武器だと言われた俊敏性。その俊敏性は例えるなら肉食動物が獲物を狩るときに全力で駆けるときのそれに近いものだ。
ここまでの速さを求めるには足の速さを上げる俊敏性のパラメーターを相当上げる必要がある。彼女は無意識にそのパラメーターを強化していたのだろう。
「この身長と足の速さ……」
「そうだ、それは唯一無二の君だけの武器となる」
エコーは続けざまにこう続けた。
「そしてその武器を最大限生かすのであれば、これからは主兵装をショットガンに変えることを強くお勧めする。これであれば君の大雑把な照準でもある程度は有効打を打ち込めるだろう。それにその足の速さでもって敵の懐に潜り込んで至近距離で散弾の雨をお見舞いして無双することも不可能ではないだろう」
それを聞いた瞬間レイの目はキラキラと輝き始めた。
そんな興奮した彼女に対しエコーは付け加えるように、「きちんと技術を身に着ければな」と言った。最もその言葉がレイの耳に入ったかどうかは不明だが――。
「エコーさん! 今日はクエストに同行させてもらうばかりか色々教えてもらってありがとうございました! 私ちょっと急用を思い出したので今日はこれにて失礼します。あ、出来たらでいいんですけど明日も一緒に遊んでもらえますか?」
「あ、あぁもちろん構わんが、明日はたぶん俺の連れも一緒だと思うぞ? それでもいいか?」
「大丈夫です! それではまた明日。お疲れさまでした!」
そういうとレイは脱兎の如く駆け出し、酒場を出ていくとシティの人ごみの中へと消えていった。
「まるで嵐みたいだな。ま、それでも中々面白い娘だったな。さてさて、俺もボチボチ上がるか」
目の前のウィンドウには現在時刻、日本時間で夜の7時を過ぎた時間が表示されている。
「買い出しに行くのも面倒だし、今晩は宅配ピザでも頼むか」
そう言い残し、エコーはログアウトした。