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6 Player Killer

 空はどんより暗くなり、今にでも大雨が降りそうな雲行きである。


 その下をエコー、トーゴーの両名は突如現れた敵対プレイヤーから逃げるため、ジャングルの奥地で息を潜めていた。


「随分としつこい相手だな。トーゴー、どこかで恨まれるような事でもしたのか?」


『バカ言うな。俺は少なくともまっとうなプレイヤーでいたつもりだぞ? 連中は大方PK専門の連中だろう。それもだまし討ち専門のな』


「随分と面倒なのに目を着けられたな……」


 互いに違う地点に身を潜め、無線で交信しながら追手の正体について考察を始める。未だ彼等はこの二人を見つけることは出来ていないようだ。


 エコーはため息交じりに無線交信を続けていた。


『そういやさっきアイツを撃ったよな』


「あぁ、だが手ごたえが感じられなかった。大方あの服の内側にでもボディアーマーでも仕込んでいたんだろう」


 先程のトーゴーがスタングレネードを使用したタイミングと同じ頃、エコーは話しかけてきた相手の胴体に向けて1発撃っていたのだ。サプレッサーで抑えられた極小の発砲音はスタングレネードの炸裂音にかき消され、それに気が付くのは至難の業だろう。


『随分とやり手だな。そこまで用心深いとは……』


「確かにな。ったく、シティに戻るのに時間が掛からなきゃさっさとこんな所からオサラバするのにな」


『確かに』


 クロスファイアでフィールドからシティエリアに戻るのには一度コンソールを開いてそこからシティエリアに戻るという項目を選択する必要がある。それだけであれば至極簡単なのだが実際はそう簡単ではない。その項目を選択してからシティエリアまで転送されるまで一分ほど時間が必要になる。


 これは実戦で戦闘エリアから離脱する際のヘリや車両に乗り込む際の無防備になる時間を再現したものらしい。実戦ではここまで無防備になる時間は無いだろうが、それはゲームとしての仕様。ワープみたいに即座にその場から転送されるのだからそれくらい時間が掛かってもいいだろうというのが製作者の言い分だそうだ。


 もちろんこの間ダメージ判定が無くなるという事は無く、襲撃されれば死亡判定が下されることもあり得る。だから完全に安全が確保された状況下で行う必要がある。


 最もその状況は自分たちで確保する必要があるが――。


「降ってきたか……」


 そんな会話を続けていると空からぽつぽつと雨粒が降ってきた。それは次第に大きく、そして大量に降り注いできた。ジャングル、亜熱帯地方でよく見られる現象、スコールである。


 その勢いはまるで水の入ったバケツをひっくり返したかの様だった。


 スコールの下で草木の陰で地面に腹ばいになって身を潜めているエコーの体を止まる事のない冷気とじめっとした湿気が襲う。


 その不快感はいくらゲームの中とは言え計り知れない。


「チクショウ。分かっていたとはいえ流石にコレはキツイな……」


 別に誰かに言うわけでもなく、一人愚痴を吐いている。同時にこのクエストを選ばなければよかったともエコーは思った。


 どれだけ愚痴を吐いても雨音でそれはかき消され、誰にも聞かれない。聞こえるとしたらその相手はトーゴー位だろうか。


 それほどまでに強烈なスコールだった。


『聞こえてるぞ。それはこの雨のことか? それとも今すぐそこまで迫ってきている敵のことか?』


「どっちもだ。スコールに紛れて逃げられるかと思ったら案外まだ食い付いてくるし、このスコールも予想以上に降ってきやがる。ここまでリアルに再現しなくともいいだろうがよぉ……」


『まあそう文句を言いなさんな。極限までのリアルさが“コレ”の売りだろ? それに今のこの状況、アンタも楽しんでいる筈だ。違うか?』


「まったくもってその通りだ。さて、元のクエストは既に完了しているし逃げ隠れするのにもそろそろ飽きてきたな。ここらで追いかけてきている奴さん方にご退場いただくか。それにいつまでも濡れた地面に伏せているのも気持ちがいいものじゃないしな」


 二人は追手を迎え撃つ事にした。


 二人の手持ちの弾薬はまだまだ沢山残っている。多少の銃撃戦ならばこなすことは可能だ。


『やるならばいつでもカバーできる。どうする? 仕掛けるか?』


「あぁやってやろうぜ。敵に位置は分かるか?」


『さっきからずっと補足している。射撃指示を請う』


「サプレッサーは付いているな?」


『当たり前だろう? 俺たちの標準装備をわざわざ外す必要がどこにある?』


「上出来だ。初弾はお前が撃て、タイムカードを押すんだ。その後は俺のバックアップ、背中を預けたぞ?」


『ラジャー。状況を開始する』


「交戦規定は分かっているな? 一方的な殺戮ワンサイドゲームだ、撃ち合いに発展させるな」


 これより二人の反撃戦が始まる。











 エコーとトーゴーを追ってジャングルの奥地まで入り込んだ彼等PK集団は予期していなかったスコールに見舞われたがそれでも追撃の手を止めることはなかった。


「チクショウ……雨まで降ってきやがった。最悪だこん畜生」


「どうする? 今回は諦めるか?」


「諦める? それこそふざけるなだ。アイツ、この俺の目を潰しただけじゃなくこの俺を撃ちやがったんだ。そのツケだけでも払ってもらわないとな。それに連中、中々いい武器を持っていた。あれは奪って売り払えばきっといい額になるぞ?」


 彼等も無線に繋いだヘッドセットをうまく使い仲間と連絡を取り合っている。彼らの狙いはどうやら二人の持っている銃のようだ。


「とにかく奴らもこの雨じゃそう遠くまでは動けないはずだ。追いつめて殺して装備を奪うぞ!」


 総勢10名程の彼らのチームは更に足を進める。もう既に二人に狙われているとも知らずに――。


「発砲許可――状況を開始しろ。」


 エコーの指示でトーゴーは静かにトリガーを引いた。SR-25から放たれた銃弾は的確に追手の集団の一人の胸部を捉えた。いくらボディアーマーを着ていようとも7.62mm弾は止めることは出来ず、一撃で彼は全てのHPを奪われその場に倒れた。そしてその彼の頭上には死亡したことを現すデッドマーカーが表示された。


「さっき姿を見せてきたのが多分リーダー格だろう。そいつは最後のとっておくぞ。それ以外は各々好きに排除するぞ」


『了解』


「俺はこのまま最適位置まで前進し制圧をかける。援護頼む」


『あぁ、任せろ』


 エコーは背中をトーゴーに預け残存する相手を制圧するべく最適位置まで前進する。未だ二人の位置は彼等にバレてはいない。


 エコーが前進している間にも追手の彼等はいきなり撃たれ、仲間が一人やられたことで混乱が起きた。


「チクショウ! 何所から撃ってきやがった! どこでもいい! 奴らはすぐそこに居るぞ! 撃ちまくって燻り出せ!」


 それから彼等は四方八方に向かって各々銃を乱射し始めた。狙いもつけずに我武者羅に撃った弾など当たる訳無いというのに――。


「おうおう……奴さん派手に撃ちまくりやがって……そんなラッキーショット当たる訳無いだろう……」


 エコーは照準を合わせながら彼らの無駄な行動を咎めた。その視線の先にはもう一人の次の犠牲者が捉えられている。


 そして間髪入れず、静かにトリガーを引く。くぐもった発射音が雨音にかき消され、相手に居場所を悟られる事無くさらにもう一人無力化する。


 相手は自分たちの発砲音で仲間がやられたことに気付かず、更に乱射を続けていた。なんとも滑稽な姿である。


 そんな残念な相手を二人で一気に殲滅するべくエコーはトーゴーに呼びかける。


「なあトーゴー、ひとつ提案がある。あの乱射魔どもを同時に始末しないか? ちょうど数は6人、どちらがより多く始末できるか勝負しよう」


『面白い、その勝負乗った。俺が勝ったらさっきの俺が奢る話は無しだ』


「ならやるぞ。カウント3で同時に仕掛ける」


 視界に表示されているHPや残弾などを表示しているステータスウィンドウから現在のマガジンに残されている残弾を確認する。まだまだ余裕が残っているマガジンはそのままにし、一呼吸おいてカウントを始めた。


「やるぞ。カウント3……2……1……」


 カウントと同時にセレクターをフルオートに切り替える。そしてタタタン、タタタンと何度もリズミカルに連射する。その瞬間は刹那的、ほんの僅かな時間ではあったがその一瞬がとても長く、たかが数秒が何倍もの長さの時間に感じられる。


 弾を放つたびに敵は倒れ、瞬きする間もなく狙いを着けていた6人の敵は二人の手でもの言わぬ骸と化した。


『どうやら勝負は五分のようだな。で、あのリーダー格の奴はどうするんだ?』


「勝負はまた今度に持ち越しだな。それでアイツはとっ捕まえてちょっと話をするだけだ。そういう訳で前に出る。周辺警戒――」


『任せろ』


 周辺の警戒をトーゴーに任せるとエコーはアンブッシュしていた茂みの陰から静かに姿を現すとそっとリーダー格の男の元へと近づいて行く。



「どうなってんだよ……? 仲間が一瞬でやられただと? 狩りの筈がいつの間にか俺たちが狩られる側になっただと?」


 仲間の死体の傍で狼狽えているPK集団のリーダー格の男。自分たちの置かれている状況が相手と逆転して動揺していることは一目瞭然だった。


「おうおう、随分と狼狽えてるな。何とも無様な姿だな」


 その彼の目の前にODカラーのパンツにボディアーマー、ウッドランド迷彩のコンバットシャツを着て頭部は同じODカラーのメッシュストールを被った男が手にサプレッサーが取り付けられた黒い銃をこちらに向けながら現れた。その人物はエコーである。


「この野郎ーっ!」


 背中のM16を取り出す余裕がなかったのか彼は腰のホルスターから拳銃を取り出すとその銃口をエコーへと向けた。


 だがその拳銃は間髪入れずに宙空に弾き飛ばされた。エコーの射撃によって弾かれたのである。


「クソっ!」


「やめとけやめとけ、お前に勝ち目なんてこれっぽっちも残されちゃいねぇ」


 拳銃が弾かれた際にその握っていた手にダメージが入ったのか撃たれた手とは逆の手で明後日の方向へと曲がってしまった指を押さえながら彼はエコーに悪態を付いた。


 このゲームではダメージを受けた際その時に生じる痛覚がプレイヤーの脳にも伝達されあたかも実際に受けた外傷かのように脳に錯覚を起こさせる。最も現実で実際に受けるダメージの何十分の一以下であるが――。


「さっさと殺せ……」


「あぁ殺してやるさ。こっちの要件さえ済めばな」


 彼はエコーを睨みながらも同時に諦めに似た感情をこもらせながら自分を殺すよう懇願した。だがそれをエコーはすぐには殺さないと拒否した。


「お前がどこの誰で何て名前なのか俺はこれっぽっちも興味がない。ただ興味があるのは何でアンタ等はこんな騙し討ちに等しいPKをしたんだって事だけだ」


「それを簡単に答えるとでも?」


「答える答えないはお前の自由だが、いずれお前は答えたくなるだろう。このゲームで受けたダメージを脳が擬似的に錯覚することはここのプレイヤーなら知っているよな?」


 メッシュストールの下に隠れ、黒いシューティンググラスで目元を保護したエコーの顔がわずかに歪んだ。それを見た彼は背中に冷たいものが流れるような感覚を感じていた。


「ご、拷問をしたところで心拍数が一定値を超えれば強制的にログアウトさせられるんだぞ!」


 プレイヤーを保護する機能としてプレイヤー自身の心拍数がある一定値を超えると強制的にログアウトさせるという安全装置が昨今のVRゲーム機には搭載されている。


「そうだな。だがそれは越えなければいいだけの話だろう?」


 それに対してエコーは冷たく越えなければ問題無いと答えた。


 彼はエコーに対して恐怖心を感じた。現実であったら彼は恐怖のあまり失神していたかもしれない。


「……興が削がれた。そんなビクビク震えた臆病者を追いつめる程面白くないものは無いからな。大方お前等は適当なことを言って相手を騙して一方的にPKしたかっただけだろ?」


 それは図星であった。その証拠にエコーに言われると彼は一瞬身体をビクつかせた。


 それと同時にここからようやく解放されると思っていただろう。


「トーゴー。予定変更だ、今すぐこちらへ合流してくれ」


『どういうことだ?』


「興が削がれた。コイツを処理してシティへ帰るぞ」


 無事に彼がここから解放されるといったそんなうまい話はなかった。エコーは彼を倒す気でいるらしい。


『? まあいい。一度そっちへ合流する』


 トーゴーを側へ呼び寄せエコーは再度目の前の彼に視線を向けた。


「と言う訳で俺たちは帰る。お前は残念だが死ぬ。いや、死ぬかどうかはお前次第か?」


 エコーが一体何を言っているのか分からないといった表情を彼はした。そうしていると間もなく同じ場所へ合流した。


「待たせたな」


「いや、大して待ってない。それよりトーゴー、お前、アレを持ってないか?」


「ん? アレってのは?」


 そう言うとエコーはトーゴーに耳打ちをした。


「あぁアレか! あれなら一応ストレージに入っているぞ。だが一体何に使うんだ?」


「トーゴーも俺と同じ趣味を持つならばアレの使い方の一例は知ってる筈じゃないか?」


「……成る程な。そう使うのか……」


 そう言いながらトーゴーはアイテムストレージの中からエコーに言われたそのアイテムを取り出した。それと同時にエコーもアイテムストレージからある物を取り出す。


 そして――。


「そういう訳だ。俺達は帰る。運が良ければ生き残れるだろう。悪く思うなよ?」


「コイツから聞いたぞ。今までしてきたツケを払う日が来ただけだ。それじゃあな」


 気が付けばスコールも上がっていた。そんなジャングルの一角に何かひと仕事を終え、今から帰路に着こうとしている二人の男とひとりジャングルに取り残されていく男の姿があった。


 シティエリアに帰る二人は間違いなくエコーとトーゴー。そして取り残されていく男は消去法で考えると先のPK集団のリーダーである。


「テメェ等! こんなことして許されると思ってるのか!?」


 彼は手足をトーゴーのアイテムストレージから取り出したタイラップで拘束されて身動き取れずにいる。そして更には彼の体には装甲車をも吹き飛ばせる量のC4が巻き付けられている。このC4はエコーの提供品だ。


 しかもご丁寧なことにこのC4は時限信管のタイマーが作動している。これで彼を倒すのだろう。見る人が見たらやり過ぎな光景だ。


「許される? 面白いことを言う。ここはゲームの中だ、実際の戦場では無い。ここに戦時国際法や陸戦協定などが有るか? 無いだろう? 有るのはPK上等のゲーム上でのルールだけだ」


「だからってここまでする事は無いだろ!」


「やり過ぎなくらいがお前にはちょうどいい薬だろう」


 そう言いながらエコーは彼の頭を掴んで更にこう言い続けた。


「それに俺はこの世で嫌いなものが二つ有る。一つはお前みたいなチャラチャラした奴ともう一つは何の戦略もテクニックも無い、中身のない戦術を行使する奴らだ」


「おいエコー、そろそろ……」


 エコーが彼に説教じみたことを言っているとトーゴーに呼び止められた。それはこれ以上ここに居たら爆発の巻き添えを喰らうという忠告であった。


「さて、巻き添えを喰いたくないからな。俺たちは行く。上手く脱出できるといいな。健闘を祈る。それじゃあな」


 その言葉を最後に二人は一度場所を変えてからジャングル地帯を後にしていく。


 そして、


「チクショー! あの二人覚えてろよーっ!」


 取り残された彼の悲痛な叫びがジャングルに木霊する。それが最後の言葉となり、彼は体に巻き付けられた大量のC4によって爆殺された。


 この予期せぬ遭遇戦が二人の初めてのPKとなった。

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