5 招かれざる客
エコー、トーゴー両名がクエスト進行中と同時刻、同地点のジャングルの某地点にて――。
「見えるか?」
「あぁ、見えた」
「今回の可哀想な獲物は目の前のアイツにしよう」
「手持ち漁るじゃん? 武器も何もかも奪うじゃん? それを売って俺たちはウハウハじゃん? これだから止められねぇ」
「それじゃあ始めよう。楽しい楽しい初心者狩りの時間だ」
深いジャングルの一角で良からぬ悪巧みを企むグループが息を潜めていた。彼らの視線の先に居るのは他の誰でもないあの二人であった――。
「で、見つけた物資というのはコイツのことか……」
追加報酬の発生する物資を見つけたエコーの元へトーゴーは合流していた。そして彼はエコーの見つけた物資を見て困惑していた。
「あぁそのようだ。どうやらこれがお目当ての物らしい。さてさて、これをどうやって運び出すか……」
見つけた物資は縦横共に約1メートル、幅は約3メートルほどの長方形の形をした金属製のコンテナだった。有難いことにコンテナには把手が備え付けられており、持ち運びしやすくなっている。
「こんなの一人ででも引きずって運び出せばいいじゃないか。俺を呼ぶ必要があったのか?」
「まぁそう言うのは一度動かそうとすれば分かる。やってみるといい」
そう言いエコーはトーゴーに場所を譲り彼に運べるかどうか試させた。少々疑問を抱きながらもトーゴーはコンテナの把手に手を掛けた。
そして力を込めて一気に引っ張ろうとした瞬間――。
「重っ!」
コンテナはビクともしなかった。
「な? ビクともしないだろ?」
「何なんだよコイツ、俺のステータスでも足らないって言うのか!?」
特段二人の筋力値のステータスは他のプレイヤーよりも低いという訳ではない。どちらかと言うと他のプレイヤーと同じくらいだ。
それでもこのコンテナがビクともしない理由は他にあった。
「そういう訳じゃない。コイツが動かせない理由はこれだ」
エコーはコンテナの側面に描かれているあるマークの部分を叩いた。
そこに表示されていたものは放射性物質が封入されているという意味のハザードシンボルであった。
「おいおい冗談だろ? じゃあ中身は核だとでも言うのか?」
「ま、そう言う事だろうな。それならばこの重量も納得できる。さ、中身の詮索は終わりだ。ぐずぐず言ってないでさっさと運ぶぞ? 二人でやれば問題無いだろう?」
二人ともいろいろとこのクエストを作った製作者に言いたくなったが、今ここでそれをしても何も変わらないのでそのお小言はぐっと胸の奥にしまい、大金を手にするために協力してコンテナを運び出した。
それからコンテナを戦闘区域外まで無事運び出してクエストを無事に完了したのは15分後のことだった。
「ふぅ……。いくら大金が入るクエストとはいえ、もう俺はあんなクエストやらんからな」
エコーはクエスト完了を告げる画面を見ながらトーゴーに軽く文句を言っていた。
「あれは俺の調査不足でもあった。済まなかった。だが確かに大金は入っただろ?」
確かにトーゴーが言う通りステータス画面に表示されているクレジットの総額は結構な額になっていた。
「まぁ確かにな……。だが次はしっかりと事前調査をしてくれよ? あんな面倒なクエストはもうゴメンだ」
「次からは気を付けよう」
「さ、それじゃあスコールが来る前にシティに戻ろう。帰ったらトーゴーの奢りで一杯やるぞ」
「今回の件はそれでチャラにしてくれよ?」
「考えておこう」
気の抜けた会話をしながら二人はコンソール画面からシティエリアへと移動するための操作をし始めた。
そんな時だった。あと少しでエリア移動できるというところで予想していないことが起こった。
「やあどうもこんにちは。少しいいですか?」
いきなり木の陰から一人の男性アバターが足音を立てることなく現れたのだ。
突如現れた目の前の彼に不意を突かれた二人は咄嗟に互いの銃を彼に向けた。ここはフィールドの中、そこで出会うプレイヤーが友好的なことはまずあり得ない。大抵はプレイヤー同士が出会えばそこで銃撃戦が始まる。
「おい待て待て待て、撃つんじゃない! 俺は戦う意思はない」
目の前に現れた彼は両手の手の平を大きく振って自分に交戦する意思はないと示した。そんな彼の背中にはスリングで肩から背負ったグレネードランチャー付きのM16が見え隠れしている。
「何寝言を言ってるんだ? ここはクロスファイアのフィールド内だ。交戦意思はないと言ってそれを『はいそうですか』って簡単に信じてもらえると思っているのか?」
「そうだぞマヌケ。大方俺たちが隙を見せたところを背後からズドン……って訳だろ? どうする相棒? コイツ何かする前に撃っちまうか?」
二人の銃を持つ手の人差し指はトリガーに掛かっている。何かされる前に相手を撃つことは容易であった。
「いや待てトーゴー、何か嫌な予感がする。撃つのは構わないが、いつでも逃走できる用意だけはしておけ」
「……それは俺も思った。大方コイツの他にも誰かいるだろう。スタンは何時でも使える」
「状況次第でそれを使ってすぐに移動するぞ」
警戒を解かずに小声で逃げる算段を企てる二人。この彼が戦う意思がないという言葉が偽りであると即座に見抜いていた。そして隠れていて姿の見えない敵を警戒して即座にこの場から自分たちの有利な場所へと移動するつもりでいた。
「撃つなって! せめて話でも聞いてくれ! 俺は向こうの方でクエストをこなしてたんだ。そこでちょっとしたヘマをしちまって面倒なことになったんだ。そこでたまたまアンタ方を見つけたんだ。できれば助けてくれ……」
「それで? 俺たちが仮に協力したとしてその見返りは何なんだ?」
「大した見返りは出せない。その代わりクエストの報酬の半分はアンタ等にやろう」
手を貸してくれる見返りとして彼はクエスト達成のクリア報酬の半分を提供すると言ってきた。到底そんな話は信じられない。エコーは信じるつもりはなかった。それはトーゴーも同じであろう。
「ほおう……、随分と気前がいいもんだ。で、話だけは聞いてやろう。そのクエストの内容は何だ?」
エコーは銃を相手の胸部に向けたまま尋ねる。それに対して彼は淡々と答えた。
その時、小さく彼の口角が上がった事に二人は気付かなかった。
「クエストの内容、それは……アンタ等二人がここで死んでくれることだよ!」
彼はいきなり大声をあげてその本性を露わにした。
それと同時にトーゴーのボディアーマーの脇にゴムバンドで留めていたスタングレネードが地面に転がり落ち、それが強烈な閃光と共に炸裂音をジャングルに響き渡らせた。
「Go move!」
エコーの移動開始の掛け声と共にトーゴーもジャングルの奥地へと駆ける。安全を確保できる場所まで全速力で駆け抜けた。
「クソっ! やりやがったな! 逃がすな! 久々の上玉だ! 追え、追え!」
それを逃がすまいと先ほどの彼は仲間を引き連れてぞろぞろと二人を追ってジャングル奥地へと追いかける。
空は更に薄暗く、今にでも大雨が降りそうであった。