4 ファーストミッション 2
静かに始まった二人の作戦は順調に進んでいる。
事前の偵察によって確認した敵の位置と今まで育成してきた隠密スキルによって常にこちらが有利に進んでいる。足音を立てず余分な動作もせず、更には呼吸までも小さくして少しでも敵に見つかる要素を排除していった。
極度の緊張下に置かれてもエコーは冷静だった。
焦りは禁物だ。焦ればロクなことはない。心は熱くなっても頭は冷静に。そう常に頭に叩き込んでいるお陰かむやみやたらに突っ込むような馬鹿な真似はしなかった。最もそういった戦法は好きではないという理由が大きいが――。
「遺跡外周を巡回している奴から順に排除していく」
『了解。こちらですべて排除するか?』
「……いいや、一人はこっちで排除する」
遺跡近くの小さな藪に隠れながらトーゴーと無線でやり取りをしているとエコーの目の前にウッドランドの戦闘服を着た巡回中のNPCが現れた。
このNPCはすぐ傍にプレイヤーが潜んでいるというのに全く気が付く素振りを見せなかった。この理由はエコーがこれでもかというくらい高めた隠密スキルと本人の技術が合わさった結果である。
先ずはアイツから頂くとするか――。エコーは内心そう呟く。
最初の哀れな犠牲者は彼に決まった。
『援護は……要らんか』
「必要ない。まあ見てろって」
エコーの存在に気付かなかったNPCの兵士はそのまま彼の目の前を通り過ぎ、プログラミングで決められたルートを何事もなかたっかのように歩き続けていく。
そして敵を一度やり過ごしたエコーはその背後をゆっくりと尾行を始めた。手元から放された銃はスリングで胸の前辺りで吊るされ、両手がフリーの状態になる。そこから左手で左脇に装備したナイフを逆手で抜くと一気に距離を詰めた。
「よう大将」
「!?」
不意に声をかけられたNPCは振り向こうとしたが出来なかった。背後から強襲したエコーは右手でNPCの口元を覆い、ナイフを持った左手を相手の正面に持ってくるとそのまま心臓目掛けて一突き――。
NPCの兵隊は腕の内でもがき、多少暴れはしたがヒットポイントはすぐに底をつき、もの言わぬ屍とかした。
そして動かなくなったのを確認するとエコーはその死体を見つからないよう身近な茂みの中へと隠した。
『なんともまあ見事な手さばきで』
トーゴーから賛辞ともとれる言葉が飛んでくる。
「そりゃどうも。まあ現実じゃあこんな戦法取れないからな。ここだけでの戦法になるな。さて、残りの外周の敵兵は任せる。俺は敷地内の敵の殲滅と例の物資の捜索に移る」
『OK。外の奴らを始末し次第、中の連中を隙を見せた奴から順に始末していく』
「よし、じゃあ次に行こう」
敵に見つからずに作戦は順調に進んでいく――。
エコーが死体を茂みに隠してナイフから銃へと持ち替え、遺跡の敷地内へと侵入していった。それをトーゴーは事前に打ち合わせしていた狙撃ポイントからスコープ越しでそれを追っていた。
「いつ見てもブレのない素早い動きだな。あれが本職の人間でないのだから恐れ入るよ」
エコーの無駄のない動きにトーゴーはつい思ったことを口にした。だが無線のスイッチは入れなかったのでその言葉が相手に聞かれることはない、ただの独り言だ。
本職――法執行機関の人間と思わせるほどエコーの技術は高いところまで昇華されていたのだ。その背中を守るトーゴーの狙撃技術も同様に高いところまで極められている。最も本人はその自覚はないようだが――。
「さてと、見学はここまでだ。俺も俺の仕事をこなそう」
スコープで追っていたエコーの姿が建物の陰で目視できなくなったところでトーゴーは改めて自身の仕事、外周の巡回中の兵士の排除とバックアップをするためにずっと伏せた状態で構えていたSR-25を改めて構えなおした。
脇に置いていたデバイスが小さくマップを表示していてそれとスコープとを交互に視線を行き来させ、現地点から狙える敵を確認し目標を定める。そして標的は決まった。
「まずは一人……」
スコープで標的を捉えた。その距離は約100メートルと少々、普通のアサルトライフルでも問題なく狙える距離だ。
トリガーガードの外で遊ばせていた人差し指をガード内に導き、トリガーに這わせる。そして小さく呼吸を整えてから数秒息を止めた。
そのまま必要以上に力を入れることなくゆっくりとトリガーを引いた。
あるところまで引いたトリガーからシアが落ちる感触がし、それから間髪入れずにサプレッサーによって高音域を抑えられた銃声が鳴り響く。
「命中――よし次」
近いとはいえ観測手無しでも確実にヘッドショットを決め1発で確実に仕留め、流れるように次の標的へと狙いを定めてもう1発。これも見事にヘッドショットが決まった。
「ビューティフォー」
つい自画自賛してしまう。それほどまでに綺麗に自分が思い描く戦闘が出来たことに気分が高揚した。それでも慢心だけはしない。慢心すればいずれ自分の足元を掬われると自分に言い聞かせているからだ。
「見張りはあと一人……なんだが位置が悪いな。エコー聞こえるか? ここからでは位置が悪い。少し移動する」
『……了解』
彼からは短く端的な返事だけが返り、それを聞き届けるとトーゴーは速やかに次の狙撃ポイントへと向かった。
密林の中を素早く、遺跡を正面に捉え、一定の距離を保持したまま横に移動して約150メートル。そこが次の狙撃ポイントとなる。
「ここならば……バッチリだ! 見張りの始末もその後の援護もここから動かないでもある程度は出来る」
再度この場に伏せて銃に装着されたバイポッドを展開して狙いを定める。
「さあ出て来い、そのドタマぶち抜いてやる! ハリー、ハリー……」
やや興奮気味にトーゴーは次の目標が現れるのを今か今かと待ちわびる。それだけ興奮して次弾を外さないか心配になるがそれは杞憂だというものだ。
そしてそのタイミングはすぐに訪れた。
「ジャックポット」
その掛け声と共にトリガーを引き、最後の巡回中の敵兵士が膝から崩れ落ちた。ここまでの狙撃で敵襲に気付かないNPCのセッティングに疑問を覚えてしまうが今はそんなことを気にしている場合ではない。
戦闘終了と同時に即座に周辺警戒。視界の先にも周囲にも敵の存在は確認できない。
「こちらトーゴー、周囲の敵兵を排除。これより――」
これよりエコーの援護に入る。そう告げようとした途端に遺跡の方から突如として強烈な炸裂音が走った。
「何だ! 何が起こった! エコー!」
トーゴーは何度も大声で無線機で呼びかけるがエコーからの返事はなかった。
遺跡から炸裂音が起こる少し前――
「内部は思ったよりも警戒が手薄だな。ま、最後まで気を抜かずにやるか」
遺跡内部へと侵入したエコーはここまで大した戦闘をすることなく順調に内部を捜索、敵を排除していっていた。
静かにそして一方的に、それは最早戦闘というよりも目の前の驚異を排除していくだけの作業のようであった。
「アイツも順調にやっているようだ。相変わらずスマートな仕事をしやがる」
だから相棒として手放したくない。そう口にすることなく内心で思っていた。
と同時にちらっとマップを表示して素早く敵の状況を確認する。開いてからいくらもしないうちに一つの敵を位置を示す光点が消えた。それはそれは見事な手際である。
それからトーゴーから移動するという連絡が入りそれに対して端的に「了解」とだけ答えて自分も進攻を続ける。
トーゴーが次の地点へ到着して敵が現れるのを今か今かと待ち構えている間、エコーの方も最後の敵の一団を姿を捉えた。そして例の追加報酬が発生するであろう物資の入ったコンテナも同時に見つけた。
柱の陰に身を低くしながら索敵をしてエコーは敵の総数を確認する。
「これは幸先いいな。敵の一団と例の物資も同時に見つかったんだからな。だがさてさて、あれはどう対処するか?」
幸先はよかったが同時に問題も発生した。追加報酬の目標であるコンテナを厳重に警備するように複数人の敵兵士が警戒していた。
真正面から撃ち合いをするのは数的に不利であるしやられる可能性が高い。そして何よりも正面切っての戦いはそもそもエコーがあまり好かない戦法である。
いくつかの戦法を考えたがどれもボツになり、最後に残った方法が最も効果的だと結論付けた。
「よし、これで行こう」
決定された作戦は即座に実行に移す。
ここまでに何発か撃って残弾が減ったマガジンを次のフルロードされているフレッシュなマガジンにリロード。これで不意な弾切れに悩まされないで済む。
続けて物陰からもう一度顔を出して彼我との距離を目測で計測。距離に問題がないと分かるとCIRASの右脇にゴムバンドで固定していたスタングレネードを安全ピンを引き抜いて相手へ思い切り投げつけた。
起爆まで3……2……1――。
「グレネードっ!」
NPC一人が足元にグレネードが転がってきたことを叫んで他の仲間に伝えようとした。
その直後、強烈な炸裂音と共に眩い閃光が敵の一団を飲み込んだ。そしてトーゴーが最後の外周のNPCを排除したのもこのタイミングである。
味方に敵襲を伝えようとしたが、それをすることは出来ず他の仲間と共にNPCの兵隊たちは皆一様に目や耳を押さえながらもがき、戦闘することはとても困難な状態になっている。
これを待っていたと言わんばかりにエコーはすかさず柱の物陰から素早く飛び出し標的に向けて照準を合わせ、すかさずトリガーを引いた。
この瞬間、五感で感じる全てのものがまるでスローモーションのようにゆっくり進むような錯覚を覚えた。重く低く鳴り響く銃声の音、倒れ行く敵兵、薬室から空薬莢が排出される光景、その空薬莢が地面で何度かバウンドしながら接地する様子。その他ありとあらゆる全てのものがゆっくりと動いているような気がした。
そして最後の1発を撃ち切ると同時に全ての標的としていた敵兵が倒れ伏した。それらを見届けると時がゆっくりと進むような錯覚はどこかへと行ってしまった。
「……クリア」
空のマガジンを捨てて新しいマガジンへとリロード。それから銃口を左右に振って残敵が残っていないかを確認。そして完全に全ての敵が沈黙したことを確認すると小さく「クリア」と呟いた。それは完全に敵勢力を一掃したことを意味している。
「さてと、後はあの追加報酬の物資だな。開始前のブリーフィングによるとここから運んで一定の距離まで運ぶとそれで成功……だって言っていたよな?」
敵がいないと分かっていながらも周囲の警戒を怠らずにエコーは物資の入ったコンテナへと近づいた。
「これはこれは……ある程度予想していたとはいえいざ目の前にすると……どうしたものか」
目の前に置かれたコンテナは一見何処にでも有りそうな砲弾を収めておくのに丁度いいサイズのコンテナだった。ある一点を除いて――。
エコーはトーゴーに無線を繋げようとするとヘッドセットから何度も自分のことを呼び続ける声が聞こえた。
『――、聞こえるかエコー! 何があった!』
「うるさい。そんなに叫ばなくても聞こえてる」
『あぁよかった無事か。で、何があった?」
「何がって……ただ単にスタンを使っただけだが? それよりも現地点の制圧完了。そして例の物資も確保した。運び出すから手伝ってくれ」
『了解。すぐに向かう。そんなに一人で運べない物なのか?』
「まぁ何というか……、とりあえず一度こっちに来てから現物を見てくれ」
エコーが確保した物資の正体が何なのか分からないままトーゴーは急ぎ合流地点へと向かった。
その物資の正体とは一体――?