3 ファーストミッション 1
エコーの現実で古くから親しくしている友の東郷和孝がトーゴーという名でクロスファイアをプレイして、ゲームでも再び再会し彼の紹介でオヤジという名のプレイヤーの経営するブラックマーケットでエコーが新しい愛銃SR-16を手に入れた。
それが昨日の話。
その翌日の今日、エコーとトーゴーは二人だけでクランを組んで早速フィールドに出払っていた。名目は新しい銃に慣れることとスッカラカンになり掛けているエコーのお財布事情を潤すためである。
「……ジメジメするな……。なんでこんなクエストを選んだんだ? それに雲行きも怪しくなってきているし……」
エコーは周りに誰も居ないのに一人愚痴を呟いている。その愚痴を頭に装着していたCOMTACと呼ばれるヘッドセットのマイクがしっかり捉えていた。
『なんでって、昨日豪快に買い物してクレジットがカツカツになったアンタのために俺が実りの良いクエストを探してやったんだ。礼ぐらい言ってくれてもいいんじゃないか?』
ヘッドセットのスピーカーからトーゴーの声が鮮明に聞こえてくる。彼はエコーの後方約50メートル程後方に位置し、常にエコーのバックアップに就いている。
エコーの資金がカツカツになっている理由は銃を買った以外にもある。それは今身に着けている装備である。
頭にはウッドランド迷彩のブーニーハットを被り、その上から帽子を押さえるようにCOMTACを着けている。更にまたその上には頭部の輪郭を隠すためにODカラーのメッシュのストールを被っている。戦闘服も変わり、上は同じくウッドランド迷彩のコンバットシャツを着、下は初期装備のODのパンツと同色の更に機能性の高くなったアメリカの有名なミリタリーメーカーのタクティカルパンツを履いている。
そしてその戦闘服の上に装着しているCIRASというボディアーマーに無線機と数発の各種グレネード、それにこれでもかという程のマガジンポーチを配している。これらも全てODカラーで統一している。
この辺がエコーが金欠である理由である。
強いてもう一つ付け足すのであれば彼はセカンダリーウェポン、要は拳銃にザウエル&ゾーン社製のSIG SAUER P226という9mm弾使用のこれまた高価な拳銃を買ったためである。
リアルで愛着のある装備が組めたからと言ってもこれはいくら何でも豪遊しすぎである。余談だが、トーゴーもエコーの強い勧めによって装備を統一していた。
「それについては感謝しているさ。お陰でクリアさえすればそこそこのクレジットが手に入るんだからな」
『そうだ、さっさと終わらせて金を手に入れよう。天候も怪しいしな』
二人が今現在居るのは東南アジアの熱帯雨林を再現したジャングルのど真ん中である。周囲の風景はおろか気温や湿度までも再現している辺りそのゲームの作りこみに対する意気込みの高さに最初は感心していた。が、それも数時間前までの話。今ではこの過酷な環境を再現した制作チームにエコーは殺意さえ抱き始めていた。一方トーゴーの方は何とも思っていない様子だが――。
「そうだな。……予定地点まであと3km。ここからは敵の支配下だ。ポイントマンは俺が務める。バックアップは任せたぞ、相棒」
『了解。背中は任せろ相棒』
エコーは抱き始めていた殺意の矛先をこれから交戦する敵に向け、いつ現れてもおかしくない敵を警戒しながらどんどんジャングルの奥地へと進んでいく。
その背中をトーゴーというエコーにとって最も頼りになる相棒が援護しているからこそ安心して進むことが出来るのだ。
それから延々と足音をなるべく立てないように慎重に足を進めながらジャングルを進み、ついに目的のポイント300メートル手前まで近づいてきていた。ここまで近づくのに掛かった時間は約1時間、実に長い1時間であった。
クエストの目的地の場所はジャングルを進んだ奥に有った、かつてこの地に住んでいた人間が築いたのであろう朽ちかけた遺跡であった。それはどこか東南アジアに有りそうなデザインの遺跡だった。
その場所で行われるクエストの内容はこうだ。
<現政権に反旗を翻す反政府勢力が第三国より大量破壊兵器を入手したという情報が入った。貴官等はこの情報の真偽の程を確認すると同時に現地の反政府勢力を一掃してもらいたい。尚、現地に大量破壊兵器が存在した場合、これを確保奪取して持ち帰ってきてもらいたい。その場合は追加報酬を支払おう>
内容自体は特別そう難しくない、一見どこにでも有りそうなクエストであった。敵の一掃に物資の奪取、それだけであればそう難しくもないし、報酬自体もそう高くはない部類のクエストである。
エコーは疑問に思った。なぜこれが高額報酬のクエストなのかと。そしてその理由を何故トーゴーは一切話さないのかと。
それらを考える時間は後からでも十分ある。今は目の前のクエストに集中することにした。
「トーゴー、仕掛ける前に状況確認だ。こちらに合流しろ。いくら敵がNPCとはいえ、むやみやたら攻撃を仕掛けて弾を無駄に消費するのは好ましくない」
『OK。そっちに合流する。間違えても俺を撃つなよ?』
それから直ぐにトーゴーはエコーと合流し、二人は戦闘前に簡単なブリーフィングを始めた。
スマホほどのサイズのデバイスを取り出し、側面に配置されているボタンを押すと空中にホログラフィックの地図が映し出され、それが周囲の地形を現した。紙媒体や端末に表示される地図を見るよりも断然こっちの方が扱いやすく便利な機能である。
「俺たちの現在地は遺跡から南方約300メートルの位置に居る。開けた場所であればお前の腕とその銃を存分に生かせるが、如何せん」
「この密林だ、いくら射程内とはいえ射角が大きく制限される。狙撃ポイントとして使うならば……ここだろうな」
現在地ではトーゴーのバックアップは望めない。仮にできたとしてもその範囲は大きく制限されてしまう。そこでトーゴーは狙撃ポイントとしてある地点を指さした。そこは遺跡から100メートルしか離れていない目と鼻の先であった。
「確かにそこならば密林を抜けて開けた場所に出るな。だがそこまで移動するのにはリスクが高い」
「ならばここで援護するか?」
「一瞬それも考えたが敵戦力が未知数ゆえ、俺の手持ちの弾で足りるか分からない。でだ、そこで作戦という程でもないが提案がある。聞いてくれ」
それからエコーは考えていた作戦の説明を始めた。
「……了解、それでいこう」
「では散会、常に敵と自分の位置を逐一報告し異常があれば即座に報告していこう」
ひとしきり説明を聞いたトーゴーは軽く答え、それから二人は一度別々に行動をはじめ、各自静かに遺跡に向けて移動を始めた。
それからほどなくしてエコーは遺跡外周にまでたどり着いた。ここまで来るのに敵の姿は確認できなかった。どうやら敵は全て遺跡内部の敷地内に集結しているようだ。
「こちらエコー、位置に着いた。そっちはどうだ?」
『こちらトーゴー。こっちのポイントに到達、周囲に敵影なし。観測を開始する、少し待て』
二人は互いに敵と遭遇することなく予定していた地点までたどり着けたようだ。
『観測完了。敵の総数は目視確認しただけでは約20。武装はAK-47にRPKも確認できた。位置情報については地図で確認してくれ』
無線でトーゴーが敵の位置を確認してくれと言ってすぐにエコーはデバイスで地図を広げた。するとそこには先程までは表示されていなかった敵の位置が赤い光点で示されていた。
このゲームでは敵を目視で数秒視認するとそれが手持ちのデバイスで確認できるようになっているのだ。そしてその情報は即座に同じクランに属している味方全てに共有されるようになっている。
情報を制する者が戦場を制する。ここでもハイテク機器を駆使した戦闘が繰り広げられていた。
「確認した。脅威レベルとしてはLMGのRPKを優先的に排除していった方がいいな。それと例の大量破壊兵器とやらは確認できたか?」
『目視確認できず。そっちで探してくれ。ところでまさか真正面から攻める気じゃないよな?』
「まさか、俺の戦い方を知っているだろ? 側面から静かに回り込んで一人づつ始末していく。さあ状況開始だ、タイムカードを押すぞ?」
タイムカードを押す。その言葉が二人にとっての戦闘開始の合図である。その合図と同時に二人の銃のセーフティが解除され何時でも撃てる状態になった。
『OK、カバーする。何時でもいいぞ』
「……よし、行くぞ」
エコーとトーゴーの二人だけのクランの初めての戦闘が静かに始まった。