2 相棒と愛銃と
斑鳩貴嗣ことエコーが銃で殺し合う殺伐とした世界観のVRゲーム『クロスファイア』の門戸を叩いてから早三ヶ月が経過した。
この三か月の間にエコーはシティでクエストを受注してそれをこなし、フィールドで生物兵器の化物を討伐したり時には敵のNPCと戦闘したりしてゲーム内クレジットと経験値を稼ぎまくっていた。
戦って戦って戦いまくって敵を狩りまくっていた。撃って撃たれて、時に爆発に巻き込まれ、ナイフで刺したり刺されたり、そしてまたある時には殺されもしてきた。負けるたびにエコーは攻略サイトやSNSで情報を漁り、思考を巡らせて攻略法を検証してから敵を攻略してきた。
敵を倒すために研究した攻略法と技術は確かに実を結び、その結果がそれなりに貯まったクレジットと経験値である。
クレジットは文字通りゲーム内で使用する通貨のことで、これで新しい装備や銃、それと弾薬を購入することが出来る。そして経験値は自アバターのステータスを強化することが出来る。
最大装備重量を強化できる筋力、脚力を強化できる機動性、ヒットポイントを強化できる耐久性、潜伏能力を強化するステルス、各種工作能力を上げる器用さ。他にも一定の経験値を消費して手に入る各種スキルなどがある。これらに経験値を割り振って自分だけの世界でたった一つの自分だけのキャラクターを育てることが出来る。
エコーも例に漏れず自分好みのキャラクターを作り上げていった。全体的なパラメーターを均等に伸ばし、平均からやや飛びぬけたところでステルスと機動性を強化した。出来上がったキャラクターのステータスは器用貧乏かと見せかけて潜伏能力と機動性を強化したなんとも不思議なキャラクターが出来上がった。
「今ある手持ちの経験値だとこれぐらいか……。まあ上々、あとはゆっくり上げてけばいいだろう」
遊び方は千差万別、本人が満足しているのならそれでいいのだろう。
そして本来であればこれだけの経験値を稼ぐのには並々ならぬ時間が掛かる筈なのだがこの斑鳩貴嗣という男、仕事や生活に必要な時間を除いた時間の殆どをクロスファイアの中で過ごしてキャラクターを育成しつつ同時にクレジットを稼いでいた。
所謂ゲーム廃人と呼ばれる奴である。
そんな廃人待ったなしの生活を送りながらも社会人としてキチンと過ごせている辺り、貴嗣はその辺のメリハリはある程度わきまえていたのだろう。最も第三者から見たら何と言われるか分からないが……。
「ステータスの方は上々、あとは装備をいい加減に更新したいところだが……」
今のエコーの装備は未だ初期装備のODカラーの戦闘服にベルトに最低限のマガジンポーチ、使用している銃はH&K社製の傑作短機関銃MP5A5である。流石に銃だけはクレジットを使ってMP5を購入した。最初期装備は拳銃一丁となんとも心もとなかったからだ。だから最初から至急されているクレジットをほぼ全額使ってMP5を購入したわけであった。
フィールドで残弾の確認をしつつシティに戻って新装備を調達するかどうか考えているとメインメニューにSNSからのメッセージが届いたというアナウンスが流れた。
ゲームをプレイ中でもインストールされているパソコンと同期させればいつでもSNSを確認できるのだからなんともこれは便利な機能である。
「こんな時に誰からだ?」
エコーは身の安全のためフィールドからシティへと転移してからメインメニュー画面からSNSを開き、届いたメッセージを確認した。
送り主は貴嗣の古くから付き合いのある友人からのものだった。
『よう斑鳩! 調子はどうだ? 最近アンタがクロスファイアにハマってるって風の噂で聞いてな。それで俺も少し前から始めたってわけだ。今から一緒にどうだ?』
内容はその友人も最近クロスファイアを始めたから今から一緒にプレイできないかっていうお誘いのメッセージだった。
それに対してエコーは即座に返信する。
「始めたのならすぐに連絡寄こせばよかったのに何故今更?」
『いやぁキャラをある程度育成してからがいいかなって』
「まあいい。で、集合場所は?」
『合流地点はログインしてすぐの場所で』
「分かった。それと今のうちに聞いておきたい、お前のプレイヤーネームは?』
『トーゴーだ。そっちは?』
「エコー」
『OKエコー、では現地で会おう』
それを最後にメッセージは途切れた。
それから間もなくしてエコーの姿は合流地点としていたログインしてすぐに訪れることになるシティの入り口へと来ていた。少し待つだろうと思っていたら存外早く目的の相手が現れた。
その相手はエコーとほぼ同じ背丈に黒髪の角刈り、やや目つきの鋭いウッドランド迷彩の戦闘服を纏った男だった。
そのアバターの頭上には英語でプレイヤーネームが表示されている。
「お早い到着だな、トーゴー」
「待たせたな、いk……じゃなくてエコー」
「おい待て、今一瞬俺の本名を言おうとしたな?」
「スマンスマン、リアルでの付き合いが長いせいかどうしてもな? 以後気を付ける。で、またプレイヤーネームは『エコー』か」
この会話から察するに貴嗣は以前からエコーというプレイヤーネームを愛用していたようだ。
「これが一番しっくりくるからな。というより他に思いつかなかった。そういうお前の名前のそれは……」
「いい名前だろ? 俺も他に思いつかなかったし、こう呼ばれる方が一番慣れているからな」
トーゴーこと本名東郷和孝は自身の本名をモジってプレイヤーネームにしてきたのだ。本来であればそれはとても危険な行為であったが、それも今や昔の話。かつては名前一つで身バレすることも有ったそうだが、セキュリティが強化された昨今ではそれだけでは身バレすることはない。それでも完全に安全かと言われればそうとも言い切れないが――。
「まあいいや、昔と違って今は多少なりともセキュリティは強化されているからな。それで今から何をするんだ? 予定が無ければ俺は銃を買いに行きたいんだが」
「銃か……ということはオフィシャルのストアか?」
「そうだが……というか他に売ってる所は無い筈だが?」
新しく銃を手に入れる方法は主に二つある。一つは公式のオフィシャルストアで購入する方法とあともう一つはフィールドで手に入れる方法である。特に後者の方法ではクエストの達成報酬であったりある特定の敵を倒した時に手に入る物と二種類ある。
敵を倒して手に入れた武器はそれなりにレアリティが高く、尚且つそこそこの性能を有している。その武器を手に入れる為に倒さなければいけない敵は勿論強敵である。
「なんだ知らないのか? ならオススメの良い所がある。案内するから付いてきてくれ」
トーゴーはエコーが知らない事を嬉しそうにしながら、彼をお勧めの場所があると言ってある場所まで先導して連れて行った。
見た目の厳つい男が嬉しそうに笑みを浮かべる表情を見てエコーは何とも言えない感情を抱いていた。
「……で、目的の場所とやらはここか?」
トーゴーが案内した先はシティエリアの奥底の、普段であれば一般のプレイヤーは立ち入らないだろうという閑散とした路地の一画であった。
辺りは常に薄暗く、同時に薄っすらと靄が立ち込めている様が何とも不気味な雰囲気を醸し出している。
「待たせたなエコー、ここが目的の店だ。ここならばきっとアンタが気に入る逸品が見つかる筈だ」
「本当にここが店なのか? こんなとこにストアが在るって初耳だぞ?」
「まあまあそこは百聞は一見に如かず。文句なら中を見てから受け付ける」
そう言いながら二人はトーゴーが店だと言うテナントの扉を開き中へと入っていった。
その中は確かに店だった。そこでは主にフィールドで手に入るようなレアな銃や装備がショーウィンドウやラックにずらりと展示されていた。
「いらっしゃい」
エコーが内部の光景に圧巻されている間にも店主らしきNPCが挨拶をしてきたが、特にそれに反応することもなく二人は店内を物色していた。店に入ってNPCが挨拶をしてくることはいつもの事なのでそれにいちいち反応するプレイヤーは今では誰もいない。何故ならNPCはそれ以上のことは一切話さないからだ。
「それで、感想は?」
「文句無しだ! これに文句を言ったら罰が当たる。と言うより俺が許さない。よく見つけたトーゴー! パーフェクトだ!」
「感謝の極み」
エコーとトーゴーの二人はくだらない雑談をしながら店内を物色している。その中に展示されている商品はどれも公式のストアではお目に掛かれる物は無く、そしてその殆どの商品が高額であった。
そして適当に物色して数分、エコーはある銃の前で立ち止まった。
「これは……」
目の前にある銃はアメリカ製の有名な銃、M4をカスタムしたモデルだった。レシーバー側面には中世の騎士の兜と剣と盾、それとハルバートが一つに重なった刻印が刻まれている。
それは紛れもなくアメリカに存在する小火器メーカー、ナイツアーマメント社のロゴであった。
「兄さん、それを選ぶとは通だね。なかなかいい目を持っているな」
突如として背後から声を掛けてきた声はトーゴーのものではなく、別の人物の物だった。エコーが驚きながら振り向いた先に居たのはこの店の店主のNPCだった。
驚くのも無理はないだろう。本来であればNPCの方から声を掛けてくるなんて絶対に無いのだから。
「なぜNPCがっ!?」
「そう驚くなって。俺がNPCに見えるか? 俺の頭の上は見たのか?」
店主はそう言いながら自分の頭上を指さす。そこには『OYAJI』というプレイヤーネームが表示されていた。
「オヤ……ジ……?」
「正解! ご名答! そう、俺のことはオヤジと呼んでくれ!」
店主のOYAJIことオヤジはその黒人スキンヘッド姿のアバターをハリウッドスター顔負けのサムズアップととてもいい笑顔でそう答えた。その口元で白く輝く歯がなんとも憎らしい。
「おっと、そういや自己紹介がまだだったな。俺はオヤジ、このシティの奥底でフィールドで手に入る高レアな武器や装備を専門に扱うブラックマーケットを開いて小遣い稼ぎをしている。ここを訪れたってことはオフィシャルのストアで手に入る武器に満足出来なくなってきたって事か? 分かるぜその気持ち」
オヤジはエコーを置いて一人で勝手に盛り上がり始めた。
「あぁ……ひとり盛り上がっているところ済まないが、ひとつ尋ねたい。この銃は俺の見立てに間違いがなければナイツアーマメントのSR-16だと思われるが違うかね?」
「おっと悪ぃ悪ぃ。その見立ては間違っていない。その銃は確かにSR-16、米軍で採用されていたM4のクローンモデルだ。手に取って確認してみるか?」
「いいのか!?」
「あぁ構わない」
そう言いながらオヤジはショーケースの中に展示されているSR-16を取り出すとそれをエコーへと手渡した。
手に取って最初の感想はとても手に馴染む、違和感すら感じないであった。
エコーが各部の動作を確認している横でオヤジは淡々と銃のスペックを語っている。
「M4については知っているだろうから割愛する。コイツはそのM4の所謂高級品モデルだ。耐久性や精度に関してはそこらのM4よりも優れている。その中でもそれはウチでカスタムしたワンオフの一品だ。ストックはヴォルター社製のEMODストック、ハンドガードは長めの13インチのRAS、バレルはフリーフローティングの7インチのショートバレル。これはサプレッサーを付けることを前提としたカスタムをするために敢えて短くしてある。だから最初からサプレッサーが標準装備のように付いているだろ? 通常の16インチのモデルより多少射程は落ちているがそれでも通常の撃ち合いで使う分には十分な性能は残っている。それにコイツはそこらのカービン銃にサプレッサーをポン付けしただけの物よりも消音性は格段に上だ。そういう風にカスタムしてあるからな」
永遠と続きそうな講釈を聞き流しながらエコーはSR-16のレシーバーのピンを一本抜いて内部のボルトを取り出して内側の確認を始めた。
「安心してくれ。接着剤なんて詰めてない」
「……どうやらそうみたいだな」
内部に異常がない事を確認してから開いたレシーバーを閉じた。
「どうだい? けっして安くはないがいい代物だ。今買うならばなら予備のサプレッサーに光学機器、その他のオプションパーツを安くしておくぞ?」
SR-16の販売価格は銃本体のみでの値段でストアで販売されているM4A1が何丁も買える金額だった。そこが購入に踏み切るかどうか迷うところであった。
エコーは考えた。今ここでこれを逃したら次に来た頃にはもう既に無いだろう。ならば今ここで買うのが賢明だろう。手持ちのクレジットはこれを買ってもいくらか余裕が残るくらいには豊富に貯まっている。
いろいろ考えた結果、エコーが決めた答えは――。
「よし、コイツを買った!」
「毎度! 交渉成立だ!」
エコーは迷いに迷った結果、ここでSR-16を買うことに決めた。これが後々まで長らく愛用する愛銃との出会いである。
クレジットの支払いやその他に諸々のオプションパーツを一通り購入し終わった頃に店内の物色を終えたトーゴーがひょっこり姿を現した。こんな決して広くはない店内のどこに行っていたのか。
「おー? この様子だと買い物は済んだようだな」
「トーゴー、今までどこに行ってた?」
「ようトーゴーじゃないか、調子はどうだ? あぁ、さてはこのお客さんはアンタの紹介だな?」
今までどこかへ行っていたトーゴーに対して二人は各々返事を返した。オヤジのこの返事から察するに以前からトーゴーはこの店に何度か足を運んでいたようだ。
「ようオヤジ! 適当に店内を見せてもらった。相変わらず良いものだけを置いてるな」
「そりゃどうも」
「それで俺の連れはどうだ?」
「彼の物を見る目は確かなようだ。彼も俺たちと同じ同類か?」
「まぁそんなところだ」
「話に割って入って済まないが同類とはどういうことだ?」
二人が言う同類という意味が分からないエコーは話に割って入ってどういう意味かを尋ねた。
「同類とは同じ趣味の仲間、この世界を愛する同志。ようはおオヤジも俺たちと同じでミリタリーマニアって訳だ」
あぁそういうことか。エコーは内心納得していた。自分たちと同じ趣味の仲間でなければきっとこんなレアな銃を取り扱ったりはしないだろうと思った。
「で、何を買ったんだ?」
「俺が買ったのはこれだ」
エコーはコンソール画面を出してアイテムストレージに収納したSR-16を取り出すために操作した。そしてストレージから取り出されたSR-16はエコーの手元で一瞬発光しながら現れた。
「ほおぅ……サプレッサー付きのM4……いや、それはナイツアーマメントのSRシリーズだな。いい買い物をしたな」
トーゴーもエコーと同じようにこれが普通のM4ではなく、その上位互換版のSR-16であることに即座に気が付いた。
「高い買い物だったが良いものを買えた。紹介してくれたことに感謝するぞ」
「いいってことよ。そうだ、まだ俺の銃を見せていないよな? 俺の銃はコイツだ」
そう言うとトーゴーも同じようにコンソールを操作して自身の愛銃を取り出した。
取り出された銃はM4シリーズに似て非なる物だった。M16シリーズで使われている固定ストックにSR-16よりもさらに長いハンドガード、そしてそのハンドガードとほぼ同じ長さのサプレッサー。更にはマガジンを刺す部分は明らかに5.56mm弾を使うにはあまりにも大きく、7.62mm弾を使用する大きさだった。本体上部にはスコープが搭載されており、レシーバー側面にはSR-16と同じ会社のロゴが刻まれている。
その銃にエコーは心当たりがあった。
「SR-25か! お前も随分マニアックなものを!」
SR-25、それはSR-16と同じくナイツアーマメント社によって開発された7.62mmNATO弾使用の自動狙撃銃である。米軍にも納入実績があり、その精度も製造元が製造元なだけに極めて優秀な性能を持つ。ゲーム内では高レアな武器であり、そして現実と同様にゲーム内でもとてもお高い銃である。
余談だが、トーゴーもこの店でSR-25を購入している。
「それはお互い様だろ? どうやらお互いリアルとこっちとで同じポジションに就いたようだな? 使う銃も似たような物だし」
「どうやらそうみたいだな」
「こっちでもよろしく頼むぜ? 相棒」
「あぁ、俺の背中を預けたぞ。相棒」
エコーとトーゴーは店内で拳と拳をぶつけながら暑苦しい男同士の友情を深めていた。
「あ~、盛り上がっているところ悪いが、お二人さん弾は有るか? 今なら各種口径、ホローポイントにフルメタルジャケット、ハーフメタルジャケット、何でも有るぞ? 安くしとくがどうだ?」
何とも商売っ気が強いオヤジに押され気味になりながらもエコーはこれからもこの店にお世話になるだろうと確信していた。