9 それぞれの実力
はぁ――はぁ――はぁ――。なんでゲームの中でこんな事させられてるんだろう?
「走れ走れ走れ! その次はフル装備の状態で同じ距離を全力疾走!」
演習場でトーゴの怒号が響く。
現在レイはトーゴーの指導の下、演習場で散々シゴかれていた。そのシゴキの対象のレイは演習場外周のトラックを走らされている。
私は単純に楽しくゲームをしたかったのに、この人たちガチな人たちだぁ~。
内心レイは泣きそうになりながらも言われた通りのことを難なくこなしている。そしてフル装備の状態でのランニングも無事に終わらせた。
「ようし、次は射撃訓練だ。レンジに移動しろ」
一通りのランニングが終わると間髪入れずにレイをシューティングレンジへと移動させる。この間に休憩を挟まなかったのでレイはトーゴーのことを鬼か悪魔みたいだと思っていた。
「少しは休憩させてよぉ~」
レイの悲しい叫びが虚しく演習場に響く。
それから今度は移動した先のレンジの方から何度もバコンバコンとレイのショットガンを撃つ音が響き渡る。その音は自動小銃とは違ってより大きな音を響かせていた。
「いいか、ステータスバーに表示されている残弾数とは別に自分でも残弾が今いくつ残っているのか把握しておけ」
トーゴーのアドバイスに耳を傾けながらもレイはひたすら撃ち続けた。
いつまで続けるの~、このイジメ~。と、思いながら――。
何度かの射撃の後、レイがもう覚えていられないほどのリロードをしている時にエコーが彼女に話しかけた。
「レイ、少しいいか?」
瞬間、彼女の顔がぱぁっと明るくなった。
彼がこの地獄から解放してくれるものだと勝手に思い込み、その緩んだ顔をエコーの方へと向けてきた。
「この間よりかは当たるようにはなってきているが、まだまだ甘いな。ちょっと銃を貸してみろ」
そう言うとエコーはレイから銃を取り上げた。そしてその取り上げた銃を構えながらこう続けた。
「今はレンジの標的を端から順に撃っているんだ。こう狙いを定めてから撃っていたんじゃ日が暮れる。こうやって撃つんだ。見ていろ」
そしてエコーはレイの射撃よりも素早く順に標的を撃ちぬいていった。バコンバコンにリズミカルに撃つ音が響き渡り、一瞬で全ての標的を撃ち終えた。撃ち終えるまでに経過した時間はレイの半分ほどであった。
「エコーさん凄~い」
レイは思った感想がそのまま口から零れた。そしてエコーを見るまなざしが尊敬する人を見るそれになっていた。
「いいか、こういう時は標的を横から薙ぎ払うように銃を動かすんだ。そして標的と重なった瞬間にすかさず撃つ。この時トリガーは引きっぱなしだ。発砲と装填排莢操作は全てこっちのハンドグリップで操作するんだ。トリガー引きっぱなしなら装填が済んだ瞬間、すぐに発射される。いつもより発砲する間隔が短いから反動には気を付けろ」
素早い狙いのつけ方、ショットガンでの速射のやり方などトーゴーが教え切れていない細かな技術をエコーは教える。それを一語一句聞き漏らさないようレイは真剣に聞いていた。それはトーゴーの話を聞くよりも集中しているようだった。
トーゴーよりもエコーの方が優しく、懇切丁寧に指導してくれるとレイはエコーの方に好感を持ち始めていた。
その矢先だった。残弾が無くなった銃にシェルを装填し終えたエコーはレイに銃を返すと同時にこう言い放った。
「じゃ、俺と同じ速さ……とまでは出来なくともさっきよりも早くなるまで特訓再開だ。さ、頑張れ」
それはもう素晴らしい笑顔で言っていた。
「エコーさんの鬼~、サディスト~!」
レイの悲痛な叫び声が演習場にまた響いた。
特訓が再開されてからはや数十分が経過しただろう。その間レイは休む間もなく射撃とリロードをひたすら繰り返していた。何度も何度も反復練習を繰り返してきたことで最初よりも格段と技術が上昇してきているのが見て取れた。どうやらレイは無自覚かどうか分からないが、呑み込みが早いみたいだ。
そんな彼女は今にでも泣き出しそうだ。
「なぁトーゴー、あの辺でいいんじゃないか?」
「そうだな、さっきよりも格段に腕は上がってる。あれならばどこへ出してもそれなりには使えるだろう」
「じゃあこの辺で締めるか」
「そうするか」
レイが撃っている間にエコーとトーゴーが話し合っていた。その内容はどこでレイの特訓を締めるかどうかだった。お互いレイの技術に満足したからこの辺で終わらせることにしたようだ。
それからチューブに残った最後の1発が排莢されたのと同時にトーゴーは号令を出した。
「そこまで! すごいじゃないかレイ、こんな短時間でここまで腕を上げるとはな。これならどこへ出ても早々死ぬことは無いだろう。よくやった」
終了の号令が聞えた途端、レイは糸の切れた操り人形のようにその場に座り込んでしまった。
「疲れたぁ~」
腑抜けた顔をしながら開口一番に出てきた言葉は何とも気の抜けた言葉だった。
そんなレイに労いの言葉をかけるためにエコーは彼女に近づいて軽く頭を撫でながら優しく言葉を投げかけた。
「よく頑張ったなレイ。最初の頃とは大違いだ。さっきの特訓中、ずっとタイムを計っていたんだが、最短タイムを聞きたいか? おめでとう、最短タイムは俺と同じくらいだ。これでビギナー卒業だ。君はこれからもどんどん強くなれるぞ」
ほんの短時間にみるみる成長したレイをエコーはとても褒め称え、そしてビギナー卒業だと太鼓判を押した。
「ホントに? 私これからもっと強くなれるの?」
「あぁ、そうだ。もっと強くなれる。俺が保証しよう。だから後もう少し、あと少しで終わるから最後まで頑張ろうか?」
「……はい! でも少しだけ休憩させてください。ずっと撃ってて手が痺れてきちゃいました」
レイは笑いながらその痺れてしまった両手をエコーに見せるように差し出して見せた。
それから少しの休憩の後に特訓は再開された。今度は主にエコーとトーゴーのコンビが今までどうやって戦ってきたのか、それを行うのにどう作戦を練ったのかといった内容の座学だった。レイはそれを熱心に聞いていた。
その時々で二人の戦い方を聞き、エグい戦い方してきたんだなぁと思うこともあったようだ。
そしてその途中で事件は起こった。
「ねぇエコーさん。聞いていても参考にはなるんですけど、出来れば実際にこの目で見てみたいなぁ~って。ほら、百聞は何とかって言うじゃないですか?」
百聞は一見に如かず、そうレイは言いたかった。だがその単語は途中までしか出てこない。それでも何をしてほしいのかは二人にしっかり伝わった。
「よいレイ! 用は俺たちの実力を見たいって事だな! ならばとくと見せてやろう」
そう答えたのはトーゴーだった。
「な? そういう訳だエコー。この新入りに俺たちの本気の実力を見せてやろうじゃないか?」
「そうなんで勝手に先に話を進めるかねぇ……。まぁいいだろう。レイ、それじゃあよく見ておけ。これが俺たちの本気だ」
そう言った途端、二人の姿は事前に登録してあった装備を呼び出して一瞬で姿が変わった。
ODカラーのパンツにウッドランドのコンバットシャツ、ODカラーのCIRASアーマーにウッドランドのブーニーハット。そしてそれを抑えるかのようにして装着しているヘッドセット。更にその上から頭の輪郭を隠すかのように覆っている同じくODカラーのメッシュのストール。
その姿は二人のいつもの姿だった。
装備を切り替えたその瞬間、周囲の空気が一瞬にして冷たいものに切り替わった。まるで肌を切り裂きそうなピリピリした空気、それと確固たる静かな殺意が場を支配していた。その空気を醸し出しているのは紛れもないエコーとトーゴーの二人だ。
そんな空気に押され、レイは一瞬その気迫に圧倒されそうなった。そしてあることに気が付き、突然大声を出した。
「あぁーっ!」
「どうした急に?」
突然発せられた大声にエコーはどうしたのかとレイに訊ねた。
「もしかして二人って掲示板で噂されてた初心者狩りしてたクランを倒したPKKでしょー!?」
「俺達って今そんなに噂されてたのか?」
トーゴーは今掲示板で噂されていることは知らなかった様で初めて聞いたっていうような反応だった。それに対してエコーは淡白な反応だった。
「そうだ、そのまさかだ」
「なんだエコー、知ってたのかよ……。知ってたんだったら教えてくれてもいいだろう?」
「俺だって知ったのはつい昨日のことなんだ。それにトーゴーも知ってると思って言わなかったんだ」
「噂になるくらい俺たちは脅威って事か? いいじゃないか、それぐらいマークされてた方が面白い」
「それはよく分かる」
他のプレイヤーから強敵として狙われているかもしれないという状況にどこか楽しんでいる雰囲気の二人。そんな二人にレイはどこか背筋がゾクッとする感覚を覚えた。
「さてと、お喋りはおしまいだ。俺はポイントマンを務める。トーゴーは俺のバックアップだ」
「オーケー。背中は任せろ」
二人は銃の薬室に初弾を装填し、今から始まる模擬戦闘に備えた。
「レイ、戦闘の種類と難易度は君に一任する。適当に選んでくれ」
「わ、分かりました」
そう言われレイは模擬戦闘の種類と難易度を選択する。この時彼女はつい魔が差してちょっとした悪戯を企てた。
「それじゃあいきます」
そのレイの声と共に模擬戦闘が開始された。
想定戦闘――室内戦闘によるCQB、難易度――ベリーハード。敵勢勢力の戦闘能力は正規軍特殊部隊相当。人数は12人。クリア条件は敵勢勢力の全排除。
カウント5、4、3、2、1――スタート。
それから10分と少々経過した――。内部で何度も射撃音が響いたがそれもいつの間にか止み、模擬戦闘が終了したアナウンスが流れた。
「状況終了~、お疲れさん」
「あぁお疲れ、久々にこのレベルの相手は少ししんどかったが、ま、終わってしまえばどうってことなかったな」
CQBエリアが構築された場所からトーゴーとエコーが涼しい顔で出てくる。その二人の体のあちこちには被弾エフェクトが出来上がってはいるが、そのどれもが致命傷になるものではない。所謂かすり傷といったところだ。
「ウソ……信じられない……。あの難易度を二人で……、しかもいつの間に終わらせたの?」
出てきた二人の姿を見ていたレイは信じられない光景を見ているような反応をしていた。まさかクリアできないだろうと思って組んだ内容をいとも簡単に攻略され、あまつさえ涼しい顔で出てこられたものだから彼女は口を大きく開けて驚いていた。
音もなく相手を倒し、何事もなかったかのように出てくる二人に対してレイは『バケモノ級の強さ』と思っていた。
「見てたかレイ? とまあ、これが俺たちの強さだ。もしかしたらあまり参考にならないかもしれないけどな」
10分ちょいで12人の特殊部隊員ほどの腕を持ったNPCを全滅させているのだから実際にはレイにとってあまり参考になっていない。ただ分かったのはエコーとトーゴーというこの二人の男はとんでもない腕の持ち主であるということだけだ。
「ま、今回はたまたまだったかもしれないけどなぁ~」
そこにトーゴーがたまたまだと付け加える。運も実力のうちとはよく言うが、これは紛れもなく二人の実力である。
「いろいろと分からない事が有るの。エコーさん達はいつもどんな風に戦ってるの?」
レイは疑問に思ったことをそのまま質問した。
「どうって……、音を極力抑えた銃で相手よりも常に有利な位置を確保したまま止まらず、常に動き続けながら戦ってるだけだが? 今の模擬戦闘の詳しいことは後で動画を送るからそれを見てほしい。その都度解説が必要ならば教えるから」
エコーは自分たちの戦い方を端的に端折って簡単に説明した。そして最後にこう付け加える。
「俺達の戦い方の基本はワンサイドゲーム、一方的な殺しだ。常に自分を優位な場所に置き、少ない弾で相手を制圧する。覚えておきな」
「分かりました。でも私に出来るかなぁ?」
「大丈夫だ、俺やトーゴーたちが付いてるんだ。俺達は仲間だろ? だったら俺達を信用しろ。損はさせない」
俺たちは仲間だ、そう言った瞬間のエコーがレイには輝いて見えたそうだが、それはレイだけの秘密だ。
「さてと、今日はもういい時間だ。俺たちはそろそろ上がるがレイはどうする?」
現在時間はもう夕飯にはいい時間だ。各々にもリアルの生活がある。エコーがそろそろログアウトするが、レイはどうするかと訊ねる。
「私もそろそろ上がろうと思います」
「じゃ、俺も上がるとするかねぇ。また明日な、レイ。これからよろしく」
はじめにトーゴーがログアウトしていく。
「じゃあ俺もこの辺で。これからもよろしくな、レイ」
「はい、私の方こそ改めてよろしくです」
そして残った二人もほぼ同時にログアウトしていった。
――エコーとトーゴーが叩き出した模擬戦闘でのスコア、クリア時のタイムが後々他のプレイヤーに震撼を与えることになるなど、当の本人たちは知る由もない――。