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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
9/80

報セ山藤という男②

「何を探しているんですか? 」


「ドクダミを探しているんだ。ドクダミって知ってるかい? 」


翼は白い花の咲く、青臭い匂いの植物を思い浮かべた。


「あの青臭いドクダミですか? 」


「そう、それだよ。日陰に生えてるんだけど、見つけたら教えてくれないかな 」


翼は報セのドクダミ探しを手伝った。林の中には、ドクダミの好むじめじめした木陰が案外たくさんある。探すのは、さして難しいことではなかった。


報セはドクダミの葉を川の水でよく洗うと、揉んで器用に傷に当て、袖を破いて作った包帯で固定した。今までしていた血の付いた包帯は、外して川で洗う。洗剤などは使えないので、清潔とはいいがたいが、血ついたままよりはマシになる。


「どうしてドクダミを当てるんですか? 」


「こうすると殺菌になるんだよ。膿も吸ってくれる」


「物知りなんですね 」


「報道写真家だからね 」


野草に詳しいのと写真家なのは、あんまり関係なのでは?と翼は思ったが、言わなかった。


 報セは適当な平地を見つけて、木を積み上げると火をおこした。摩擦で火をつけるのは簡単ではないはずだが、報セはあっさりとこなして、徐々に火を大きくしていった。翼は物を動かすことができないので、近くで鍛錬をしながら、報セの作業を見ていた。


報セは消えない程度に火を大きくすると、小枝を浅い川に突っ込んだ。


「何をしているんですか?  」


と翼が尋ねると


「ザリガニ釣りだよ 」


と答えた。


「ザリガニは目の前に垂れてきたものを挟む性質がある。その性質を利用するんだ 」


いつの間に作ったのか、報セは傍に枝で作った串を用意していた。


「ほら、釣れた」


報セは翼に、釣ったザリガニを見せた。ザリガニはハサミで報セが持つ小枝にしがみついていた。報セは素早くとどめをさすと、そのまま殻の間から背ワタを抜き、尾から串を刺すと、焚き火で炙った。


「塩をかけると美味いんだが、今はないからこのまま食べよう」


報セはその後も釣りを続けたが、その後は一匹しか釣れなかった。


「物足りないけど、まあ二人分釣れたからいいか。翼、悪いけどあの子を探してきてくれないかな。もうすぐ出来上がるから」


「はーい」


あの子、こと元子ども兵士は機蛇でぼんやりとしていた。


「報セさんが、飯ができたから来いってさ。ザリガニ焼いてたぜ」


と声を掛けると、大人しくついてきた。大人しいが、何を考えているのか、全く分からず、不気味でもある。


「お、急げ急げ。ザリガニが焦げるぞ〜 」


気まずい空気を押しのけるように、報セの明るい声が聞こえてきた。


結局ザリガニは二匹しか釣れなかったらしい。しかしこんがりと焼けたザリガニは、なかなか美味しそうだった。


 いざ食べようと報セが


「いただきます 」


と言う。子どもは何やら、鳩尾の辺りに指で三角形を作っている。翼は何を始めるのかと身構えたが、


「我らを創りし神よ。与えたもうた今日の糧に感謝いたします。願わくばその慈悲深い御心により、我らの平安が守られますように」


と小さく呟いている。食事の前に祈るのは、どの宗教でも変わらないのかもしれない。


 ザリガニ一匹の食事はすぐに終わった。


「ご馳走さまでした 」


「神よ感謝いたします…… 」


食べ終わったところで、報セが口を開いた。


「さて、自己紹介の時間だ。僕は報セ山藤。これでも報道写真家だ」


「黒キ翼。翼でいいよ。ちょっと複雑な事情で、シイ神さまっていう、あの小さい神さまと一緒に報セさんを帝国側に返す手伝いをしている。霊体を作ってもらって生き霊になってるけど、普段は生身の中学生だよ」


「……君の名前は? 」


報セは子どもに尋ねた。やや間があって、子どもは答えた。


「ナギ」


「由来は海の凪? 」


報セが尋ねた。


「海の凪?」


「波の収まって穏やかな状態の海のことを凪というんだよ。他には風のない状態のことも言うね」


「ああ」


納得なのか、肯定なのかよくわからない感嘆詞を漏らしたきり、凪は黙ってしまった。けれど、それは不快な沈黙ではなかった。強張りっぱなしだった凪の横顔が少しだけ緩んだ気がした。


名字は何だろう?と翼は疑問を持ったが、無理に尋ねることもない、と放っておいた。


「二人とも! 」


パンと小気味よい音を立てて、報セは手を叩いた。


「さっきは助かった。ありがとう。もはや僕らは運命共同体と言っても過言ではない。困難はあるだろう。これからも力を合わせて乗り越えて行こうではないか! 」


この人は少し変だ。と翼は思う。普通の大人は、生き霊や子どもとはいえ元敵方の兵士を相手に、運命共同体なんて言わない。普通の大人は、得体の知れない人間とは距離を置くものである。けれどその変人ぶりが、かえって好ましい。


「そうですね!頑張りましょう!な?凪くん」


そう凪に話を振ると、凪はボソリと言った。


「凪」


「えっと呼び捨てでいいってこと? 」


翼が確認すると


「ん」


と返事が返ってきた。肯定と捉えて良いだろう。


「僕は君のことをなんて呼べばいい? 」


と報セが割り込むと、


「……凪」


と俯いたまま応える。凪の表情は相変わらず読めないが、少しは信頼関係が築けているのではなかろうか。

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