報セ山藤という男①
「それでは少し待っていろ」
と言い置くと、シイ神さまは機蛇の頭部を目指した。
機蛇の頭部には、ちょうど脳みそにあたる心石がある。戦闘用など特殊な物を除いて、機蛇に操縦士は必要ない。駅と駅の往復ぐらいの単純なことは、自分でできるのだ。この機蛇が止まっているということは、この脳みそがおかしくなっていると考えられる。立ち入り禁止、と書かれた扉をすり抜け、シイ神さまは脳みそのある部屋へと向かった。大きな眼を瞼が塞ぎ、鈍い光が広がっている。
脳みそにかかっていた埃を払って、青白く光る石を見つめる。そっと触れると、細かな模様が刻まれている。この模様を傷つけられて、機蛇は動かなくなったのだ。シイ神さまは石を丹念に撫でた。撫でた後には、鱗粉のような粉がついて、キラキラと輝いた。不思議な手触りである。冷たいけれど生き物のような、例えるならば冷え切った手のような、そんな手触り。触り終えると、脳みそは眩い光に包まれていた。心石は霊と似た性質を持つ。修復も可能だ。
機蛇は目覚めた。
眼を開けて、胴震いをし、ゆっくりと動き出す。シイ神さまは機蛇の眼を通して、外を見た。外は夏の昼間で、太陽が輝いていた。長く長く息を吐いて、機蛇は動き出す。
シイ神さまは三人の元に戻った。
「機蛇を治したぞ。これで安全に、この機蛇の目的地に行けるのだ」
シイ神さまは首を傾げた
「しかしどこに向かうんだろうな。東に向かっているようなのだが」
シイ神さまは、わりと行き当たりばったりな神さまである。その一言に翼は不安になった。景色は流れていく。森を抜け、荒れ野を抜けると、工場がたくさん見えた。
「この辺りはやたらと工場が多いんですね」
翼が言うと
「鉱山が多いからね。加工する工場も多くなるんだろう」
と報セが答えた。
報セが言う通り、菱の島は氷上帝国有数の鉱山地帯である。心石だけでなく、宝石や貴金属も取れる。大将軍ならびに帝国政府がこの土地にこだわって自治を認めないのも、反政府勢力が資金を得られるのも、この鉱山のせいである。
報セはウロウロと動き回って、機蛇を調べ始めた。そのせいで傷口が開いて血が床に垂れている事に気がつき、翼が慌てた。顔色も悪くなっている。
「報セさん、貴方は怪我人なんだからじっとしててくださいよ。悪化しても知りませんよ」
修行僧みたいな見た目のくせに。翼は内心、心配を通り越して呆れた。
「いや、すまない。気になるものを見つけてしまって」
「気になるもの?」
「ここを見てくれ」
窓から身を乗り出して報セが指差したのは、普通の、つまり都市を走る機蛇では行き先を示す場所である。ジュンカイと書いてある。
「巡回ということは、何ヶ所か巡るということだ。この場所からまたどこかに行くのだろう。そう検討をつけて機蛇の中を探すとこんな物があった」
ジャジャン!とふざけた擬態語をつけて報セが懐から取り出したのは、路線図だった。いつの間に、翼は驚いた。壁に貼り付けてあったのを剥がしたのだという。
「名前と場所から検討をつけると、独立革命軍の根城になっていたのはトンピ作業場だと思う。トンピっていうのは会社の名前だろう。外国企業かもな。この機蛇は西の藍ノ川石山から心石をこの作業場に運んで、この先の鹿毛馬市に製品を届けていたんだろう。だからこのまま機蛇に乗っていれば鹿毛馬市に行ける。鹿毛馬市は川を挟んで帝国軍と青の民連盟軍っていう独立革命軍とは別の反乱軍が睨み合っているところで、今年に入って休戦協定が結ばれているから、上手くすれば帝国側に行けるぞ!」
「おお!じゃあこの機蛇に乗っていれば帝国側に行けるんですね」
先程まで呆れていたのも忘れて、翼は報セの観察眼に感心した。
「そうだね。この機蛇がちゃんと治ったのなら、一定の時間で次の駅を目指すはずだ」
というわけで、一行は機蛇で鹿毛馬市を目指すことになった。
「シイ神さま、お手柄ですね」
「いや本当に、ありがとうございます」
二人から褒められて、シイ神さまは相好を崩した。
「そうであろう、そうであろう。もっと讃えるといいのだ」
気をよくしたシイ神さまは、わざわざ報セと凪の水分補給のために機蛇を止め、こまめに休ませる気遣いを見せた。休憩で林の中に停まると、報セは何か探し出した。