さらば⑥
翼を送り届ける際、シイ神さまはこう言った。
「山藤と凪には、また会えるかもしれないぞ。山藤は霜夜に古い知り合いがいる」
霜夜県は翼の住んでいる場所である。三方を山に囲まれ、港の作りにくい遠浅の海を持つ、いわば天然の要塞である。
知り合いが霜夜県にいるからといって、報セが霜夜県にくるかはわからないし、凪が一緒とも限らないのだが、翼は何かと理由をつけて霜夜駅に寄るようになった。
霜夜駅は霜夜県の中心にある大きな駅で、他の県から来るのならば必ずここで降りるはずだった。
そのうちに秋になって、冬になった。身長がまた伸びた。髪が肩甲骨をすぎた。
冬休みに入りたての十二月。翼は友達と映画を観に行くと嘘をついて霜夜駅にいた。本当に映画を観に行くつもりだったのだが、友達と都合がつかなかったため、一人で映画を観て、淡い期待をもって駅の乗降場に佇んでいた。
霜夜駅に行くのが目的だったので、特に観たい映画があった訳ではないのだが、予想外に良い映画だった。ただ恋人同士の観客が多く、隣の男とその隣の女がイチャつき出した時は足を踏みつけたくなった。
それというのも粗筋は最近お流行りの恋愛映画。身分の差に引き裂かれた男女がなんやかんやあって再会する……という陳腐なものだが、名俳優を揃えたと宣伝していただけあって、陳腐というより王道といった美しい映画だった。
一人で観るために恋愛映画を選ぶなど、一年前の翼ではありえないことだった。しかも選んだ理由が映画館に貼り出された宣伝の、青い服を着た女優なあたり重症である。ちなみに濡れ場のない健全な映画である。
「初恋なんてネ、風邪みたいなものなのヨ」
映画の中で青い服の女主人公は言う。女主人公は深窓の令嬢で下働きの男に恋をした。
「いつか治るわ、いつか」
そう言って許嫁と結婚しようと決意するものの、最後には心に忠実であろうと身分違いの男の元に走る。二人は結婚し、親からも祝福され、物語は幸せな結末を迎える。
霜夜駅に佇みながら、翼は考えた。俺は、はたして誰を待っているのだろう。報セさんと凪を待つ振りをしながら、けして来ない女を待っているのではなかろうか……。来ない人を待つ。これほど不毛なことはない。それなのに。
映画は幸せな結末を迎えたけれど、叶わない初恋はどこへ向かえば良いのだろう。幸せな結末など有り得ない場合は。ただ時と共に傷が癒えるのを待つしかないのだろうか。それとも破れた時点で結末を迎えているのだろうか。片方が死ぬ悲恋なんて、幸せな結婚で終わるよりも陳腐な、使い古された結末だ。
悲恋とはそもそも何を指すんだ。失恋か?心中か?幸せな結婚をした二人が離婚すればそれは悲恋なのか?恋愛映画のその後の物語は、誰に尋ねればいいんだろう。
その時、翼の視界の端を知った顔が横切った。