さらば⑤
やがて学校が始まった。宿題は結局、期限を守れなかった。
学校の帰り道、物乞いをしている老婆がいた。老婆の服はずるずると長く、よく見れば青の民の民族服だった。懐かしさと反比例するように鮮明な、胸の痛みに翼が顔をしかめると、一緒に帰っていた同級生は露骨に嫌な顔をした。
「アオ公がなんでこんなところに」
「アオ公? 」
思わずドスの効いた声が出てしまった。アオ公とは青の民の別名であるのだが、あまり良い意味では使われていない。そういう今までは気がつかなかったことに気がつくようになった。それはいいのだが、その同級生からは距離を置かれるようになった。
翼は他人がどういう服を着ていようが、あまり興味がない。しかし他人の服にいちいち文句をつける人もいる。同じように翼があまり気にしないことに、目くじらを立てる人達がいる。
センジョは『話せばわかる』人だった。だが怨霊に命を奪われ、部下に裏切られた。何故?
彼は力が及ばなかった。翼はそう思い込んだ。強く強く、自分に呪いをかけた。
「貴方は生きて、貴方が望むように。貴方が生きたいように。約束よ、ねえ。私のお願いよ。叶えてくれないの? 」
リンの言葉を反芻した。
翼は強くなることを望んだ。大切なものを守りたかった。
新学期に入ると前にも増して『進路』の二文字が圧力を持って掲げられた。
「黒キはやっぱり進学? 」
担任に問われた。
「はい」
「そうか。陸軍士官学校? 」
「……はい」
「弱気で入れるところじゃないぞ。わかってると思うけど」
先生。答えるのを躊躇ったのは弱気だからじゃないんです。帝国軍を見たことがあります。ピカピカの機鳥も大きな機馬も持っていました。それなのにあの人達は、リンを助けられなかった。知ってますか、先生。反乱軍を率いていたセンジョという人は、士官学校出身なんですよ。
強くなりたいんです。でもそうなるにはやっぱり、あの人達に追いつかなきゃいけない。知識も武器もなしに強くはなれない。進学するのはそういう理由です。
そう思ったけれど、上手く言える気がしなくて、口には出さなかった