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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
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さらば④

 明けない夜はないように、枯れない涙はない。泣くことに疲れたら、後は笑うしかない。


「それじゃあね。私、行かなくちゃ」


「そうだね、幽霊は逝かなくちゃね」


翼の一言に、リンが吹き出した。


「そうね、逝かなくちゃね」


もう一回、とばかりに翼をギュッと抱きしめて、髪がぐちゃぐちゃになるまで頭を撫でた。


「元気でね」


リンは笑顔だった。


「うん」


翼はリンの服装が変わっていることに気がついた。


「その服、似合ってる」


「でしょ、でしょ?幽霊ってある程度見た目を弄れるみたいなの。鏡がないのが残念だけど、私生きてる時より綺麗よ」


そうかもしれない。着ている服は生きている時よりよほど上等な空色で、髪は綺麗に纏められている。


「そんなことない」


「えー。ひっどーい」


翼は息を吸い込んで、ゆっくり吐いた。


「リン」


「なに?」


「大好きだよ、ずっと」


「ありがとう!私も」


そう言い終わらないうちに、リンは跡形もなく消えてしまった。だから


「リンの好きとは違う意味で、ね」


という翼の呟きは、受け取られることなく宙に浮かんでしまった。


「気が済んだか、翼」


びっくりして振り返るとシイ神さまが浮かんでいた。


「いつからいたんですか⁉︎ 」


「ふん。何が神さまはいない、だ。我はここにいるのだ」


鼻息荒く吐き捨てられた。


「あれは売り言葉に買い言葉というか……。って結構最初からいるじゃないですか」


ということはリンにしがみ付いて大泣きしていたところも見られていたわけだ。なんだか急に恥ずかしくなってきた。穴があったら入りたい。


「で?心残りはないか?残念だが、我は死者を生き返らせる術も、非道に立ち向かう術も持たない弱虫だ。その弱虫にできることなら、叶えてやろう」


なかなか恨まれてしまったようだ。翼は内心首をすくめた。あの時はシイ神さまのことまで気が回らなかった。

「カジカの安否を知りたいです」


「……確認してみたが、ここに死体がない」


「生きているんですか? 」


「……わからん」


「助けることはできますか? 」


「……」


「できることはないのですね」


シイ神さまは目を合わせなかった。それが答えだ。


 翼はただ手を合わせ、黙祷を捧げた。


「翼」


シイ神さまが呟いた。


「すまない」


「何を仰るやら」


泣いて見送って冷静になった。やるべきことはわかっている。


「家に帰ります。自分のできることをしなければ。生身でね」


✳︎✳︎✳︎


 翼が目を覚ますと、体には管がたくさん突き刺ささっていて、病院の寝台に寝ていた。首も満足に動かない。寝たきりだったのだから当たり前か。


 起き上がると、山に登ってから七日経っていた。七日も、というべきなのかもしれないが、たった七日でとんでもない体験をした。


「翼?目が覚めたの? 」


「母上……」


「嗚呼よかった! 」


すぐ隣にいた母親が気づき、そこからは大騒ぎだった。


 翼は山の中で倒れ、すぐに病院に搬送されたらしい。原因がわからなかったので、医師は日射病と判断した。シイ神さまや菱の島での出来事について、翼は家族に黙して語らなかった。


 七日も寝たきりになったため、当然筋肉が衰えていた。回復には時間がかかった。


 倒れてから翼の家族、特に母親は翼に対して過保護になった。母親ほどではないにせよ使用人を含め全員が心配はしていたようで、退院して数日の下にも置かぬもてなしぶりには、かえって翼の方が困惑した。問題はあれど愛情はある家族なのだ。


 問題の方は相変わらずで兄は不機嫌なまま、父親はその兄に苛立ち、母親は父親に気をつかい、居心地は良くなかった。


 何度かシイ神さまのいた山に行ってみたが、霊能力のない翼にはシイ神さまがいるのかいないのかすらわからなかった。

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