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さらば①
夜が明けていく。
翼は脇目も振らず市庁舎へと走った。
生き霊には道などあってないようなものだ。垣根を突っ切り、柵をすり抜け、人の間を縫って走った。翼を妨げる物など何もない。
それなのに気が急いた。
速く、速く、もっと速く。
今の俺には手も足も心臓も肺も、ただの飾りだ。だから、この焦りのままに一刻も速く。誰でもいいから、俺を市庁舎まで。速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く!
願いが通じたのか、翼は空を飛ぶ鳥のように速く、ただひたすらに走ることができた。息も切れない。心臓も破れない。翼は今、肉体を離れた霊なのだから、心のままに動くことができた。
しかしながら市庁舎を目の前にして、翼は強烈な異臭に足を止めた。酸っぱい臭い。金物の臭い。
その異様な臭いにも関わらず、市庁舎の中を伺うと静かだった。カラスが呑気に鳴いている。静かすぎる。
翼は今更ながら動悸が激しくして、足が震えた。
翼は重い扉をすり抜けて、市庁舎に入った。