対峙すること⑩
大虎の体が塵となって消えていく。その様を翼は茫然として見ていた。
「翼くん」
名前を呼ばれて振り返ると、長ノ海嶺が立っていた。年の頃は四十代後半ほど。背の高さは翼と同じくらいで、目尻と口元に微かな皺がある。生え際は半分くらい白髪が混じっていた。ああ彼らも人間だったんだな、と今更ながら感じた。彼はどこか寂しそうだった。
「貴方も行くんですか」
口の中が渇いていて、掠れた声になった。海嶺は眩しい時みたいに目を細めた。
「どうやらそのようだ」
手を差し出された。固い、大人の手だった。手を握ると海嶺は微笑んだ。
「よろしく頼むよ」
「ええ」
何をよろしく、なのかは語らずに海嶺も消えていった。
塵となって消えていく軍勢の中を、翼は歩いた。
苦しい。
なんでだろう、勝ったのに嬉しくないや。負けず嫌いの翼らしからぬ思いが胸をよぎった。
センジョが、その仲間たちが、心配そうな顔をして突っ立っていた。二柱の神は疲れてはてていた。もともと小さいシイ神さまはともかく、川の神は小さく萎んで小蛇のようだ。翼の異様な回復力は、この二柱の神に支えられていたのだ。
「ありがとうございました」
屈んで目線を下げ、翼は頭を下げた。
「ワタシがしたくてしたこと、感謝される謂れはないよ」
川の神は手を伸ばして翼の頬に触れた。そのまま長いこと翼の頬を撫でている。冷たい手だった。不思議と心地が良かった。翼と目が合うと、川の神は微笑んだ。眩しそうなその表情は先程の海嶺そっくりだった。
「お前たちもそうだろう? 」
「ああ」
そう答えたのはセンジョ一人だった。
「あれ?センジョさんだけ?ロソウさん達は? 」
センジョは頭を掻いた。
「先にいったよ。まあ、俺たちは本来死んでるものだからな」
「そんな……」
「悲しむ必要はない。やりたいようにやって死んだだけさ」
死者はみな、こんな風なのだろうか。
「ありがとう、翼。翼が俺たちのために戦ってくれたことに救われた。怨霊にならずに済んだ。ありがとう。さよならだ」
「待って! 」
翼は声を張った。
「行かないでよ、死なないでよ、まだ残したものがあるでしょう……? 」
センジョは目を細めた。
「もう、いいんだ。過ぎたことさ」
センジョは一筋の光になって消えてしまった。
「それじゃあ、ワタシは川に帰るよ」
川の神は蛇の尾でのたりのたりと川辺に行くと、ちゃぷんと潜って見えなくなった。
さほど暑くはなかったけれど、吹いている風はたしかに夏の匂いがした。
シイ神さま以外は誰もいなくなってなお、翼は動けずにいた。なんだか引っかかることがあった。喉に刺さった小骨のような違和感……。なんだかんだで仲間思いのセンジョが、ああもあっさり旅立ったことへの違和感……。
違和感が悪寒に変わった。もし、もし鹿毛馬市の何もかもが、過ぎたことになってしまったら?
翼は市庁舎に向けて、猛然と走り出した。