表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
73/80

対峙すること⑩

 大虎の体が塵となって消えていく。その様を翼は茫然として見ていた。


「翼くん」


名前を呼ばれて振り返ると、長ノ海嶺が立っていた。年の頃は四十代後半ほど。背の高さは翼と同じくらいで、目尻と口元に微かな皺がある。生え際は半分くらい白髪が混じっていた。ああ彼らも人間だったんだな、と今更ながら感じた。彼はどこか寂しそうだった。


「貴方も行くんですか」


口の中が渇いていて、掠れた声になった。海嶺は眩しい時みたいに目を細めた。


「どうやらそのようだ」


手を差し出された。固い、大人の手だった。手を握ると海嶺は微笑んだ。


「よろしく頼むよ」


「ええ」


何をよろしく、なのかは語らずに海嶺も消えていった。


 塵となって消えていく軍勢の中を、翼は歩いた。


 苦しい。


 なんでだろう、勝ったのに嬉しくないや。負けず嫌いの翼らしからぬ思いが胸をよぎった。


 センジョが、その仲間たちが、心配そうな顔をして突っ立っていた。二柱の神は疲れてはてていた。もともと小さいシイ神さまはともかく、川の神は小さく萎んで小蛇のようだ。翼の異様な回復力は、この二柱の神に支えられていたのだ。


「ありがとうございました」


屈んで目線を下げ、翼は頭を下げた。


「ワタシがしたくてしたこと、感謝される謂れはないよ」


川の神は手を伸ばして翼の頬に触れた。そのまま長いこと翼の頬を撫でている。冷たい手だった。不思議と心地が良かった。翼と目が合うと、川の神は微笑んだ。眩しそうなその表情は先程の海嶺そっくりだった。


「お前たちもそうだろう? 」


「ああ」


そう答えたのはセンジョ一人だった。


「あれ?センジョさんだけ?ロソウさん達は? 」


センジョは頭を掻いた。


「先にいったよ。まあ、俺たちは本来死んでるものだからな」


「そんな……」


「悲しむ必要はない。やりたいようにやって死んだだけさ」


死者はみな、こんな風なのだろうか。


「ありがとう、翼。翼が俺たちのために戦ってくれたことに救われた。怨霊にならずに済んだ。ありがとう。さよならだ」


「待って! 」


翼は声を張った。


「行かないでよ、死なないでよ、まだ残したものがあるでしょう……? 」


センジョは目を細めた。


「もう、いいんだ。過ぎたことさ」


センジョは一筋の光になって消えてしまった。 


「それじゃあ、ワタシは川に帰るよ」


川の神は蛇の尾でのたりのたりと川辺に行くと、ちゃぷんと潜って見えなくなった。


 さほど暑くはなかったけれど、吹いている風はたしかに夏の匂いがした。


 シイ神さま以外は誰もいなくなってなお、翼は動けずにいた。なんだか引っかかることがあった。喉に刺さった小骨のような違和感……。なんだかんだで仲間思いのセンジョが、ああもあっさり旅立ったことへの違和感……。


 違和感が悪寒に変わった。もし、もし鹿毛馬市の何もかもが、過ぎたことになってしまったら?


 翼は市庁舎に向けて、猛然と走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ