対峙すること⑧
お互いが限界に近づいてくると、なるだけ相手に動いて欲しくなる。
「鳳の子孫とは他愛もないな。残念だが、まあ変な名乗りだったからこんなものか」
大虎が煽ってくるのはそういう理由だ、と翼は推察する。
「うるさい、うるさい、ばーか」
大虎を見習って脚を狙ったが弾かれた。
「お前の先祖は、若い頃からもっと強かったぞ」
「知るか阿呆! 」
今度は大虎の鋭い突きを躱す。すんでのところで、喉を串刺しにされずに済んだ。
「弱い、弱い弱い、弱いぞ情け無い。鳳の子孫ならば…
…」
「さっきから鳳鳳うるせえんだよボケ! 」
脛を蹴飛ばしたが岩のようにびくともしない。それでも攻撃の手を緩めなかった。
「たしかに先祖は誇りだけど、俺はそれだけじゃ、ないんだよ」
「そうか」
首を斬られ激痛が走った。両手で首を押さえて後ろへ逃げる。数秒で治る。大虎がそうはさせまいと追いかける。
「ならばお前は何者だ、ここで惨めに逃げ回っているお前は⁉︎ 」
「うるさい逃げ回ってない!戦略的撤退だよばーか! 」
首がくっついたので刀をきちんと持ち直し、肩の付け根に振り下ろす。弾かれた。刀が宙を舞う。
思わず翼は目を瞑った、が、いつまで経っても追撃がこない。目を開けると、センジョが大虎と翼の間に割り込んでいる。
センジョの身体は半透明で、青く輝いていた。
「センジョさん……」
センジョは笑顔で振り返った。
「悪い!死んじまった! 」
悲壮感がまるでない。むしろ憑き物が落ちたような柔らかな笑顔である。
「押しつけてすまないが、お前は生き延びてくれよ。俺からのお願いだ」
続々と現れる青い兵士たちが、怨霊を押し込めていた。彼らの顔には見覚えがある。なぜ彼らが力を貸してくれるのか、それがわからない翼ではなかった。
「……元から死ぬ気はないです。ばーか! 」
温かな笑い声が翼を包んだ。
「その調子だ、気張れ! 」
ロソウらの声援に背中をどやされるようにして、翼は再び刀を握った。
風が、翼の髪を靡かせた。大虎を見据える。
「俺が何者かだって⁈もう一回名乗ってやるよ!俺は黒キ翼、黎明より将軍に仕えた太陽の一族に生まれ、武人として歩む者! そんでもって俺は、かっこいい親父と礼義正しいお袋の息子で、優しい兄貴の弟で、シイ神さまに呪われて、報セさんと凪と三人、なんとか逃げてきてリンに救われ、センジョさんに怒鳴られて、そうやって頑張ってきた南風市立中学三年二組、現在は生き霊!ちなみに出席番号十番!どうだ参ったかくそったれの怨霊がぁぁぁ! 」
腰を落とし膝を斬った。すぐに弾かれたが翼の切っ先は確かに大虎の膝を抉った。
大虎は後ろに飛び退って構えなおす。翼の追撃を弾く。
「要らんことばかり吐かしおって!お前はそれでも武人の子か?我が苦心して築いた国の子か?我らの血を吐くような思いは踏みにじられた。それに怒って何が悪い!唾棄すべきは運命だ!今の世だ!我はお前を討ち果たし、世を正す!今すぐ我が刀の錆となれ! 」
「やなこった! 」
大虎の刀が掠って、脇腹が血を吹いた。それでも翼は下がらない。本能が警鐘を鳴らす。それでも。攻撃は最大の防御だ。
吐いて、吸って。吐いて、吸って。
呼吸と相手の刀が、己を形作っていく。
大虎の刀が翼を動かし、翼の刀が大虎を動かす。
彼我の境界が曖昧になっていく。
一瞬が永遠になっていく。
吐いて、吸って。吐いて、吸って。
翼は大虎の首を斬り落とした。