対峙すること⑦
同じことをセンジョも思っていた。センジョがそのことを尋ねると、
「やっと気づいたか」
とシイ神さま。
「怨霊とは恨みの塊。故人の人格などあってないようなものだ。この軍勢はあの墓地にいた故人の恨みが形になったもので、実態として同じものだ。親玉がやられれば、下も弱っていく。怨霊自身がどこまでわかっているかは知らないが」
センジョは唾を飲んだ。
「つまり翼が青キ大虎を倒せれば……」
「この軍勢は消えてなくなる。川の神も大暴れ。向こうに勝ち目はないのだ」
息を呑むセンジョを、刃が襲った。
「舐めくさりおって若造が……」
刃を握る海嶺の言葉と呼応するように、刃が赤黒く光る。
「恨みの塊、その力を知るがいい! 」
青く輝くセンジョの手袋が刃を弾く。呼応するように輝く首飾り。身体が軽い。センジョの武術の才能はそれほどでもないが、実力以上の力が出せている。
「リンには感謝しなければ、ね」
必ず、翼を連れて帰らなければ。センジョは海嶺の刃を掴んで、握り潰した。首飾りが一層輝いた。
「俺は強くなかった、優しくもなかった、正しくもなかった!だが俺はお前を葬ると決めた! 」
振り下ろした拳は空振りだった。が、すぐ体勢を立て直し、海嶺を狙う。周りの兵士の刀を受け取った海嶺はすぐに反撃に転じたが、間に合わず拳をくらった。
海嶺は吹き飛ばされ、つかの間地面に転がった。追い討ちをかけようとセンジョが走る。海嶺が呟いた。
「お前は……」
センジョは海嶺を押さえつけて拳を叩き込もうとした。
「ここで死ね」
海嶺の刀がセンジョの腹を突き刺した。
「センジョ! 」
シイ神さまの叫び声を聞きながら、センジョは意識を失った。」
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センジョが目を覚ますと、懐かしい顔触れが周りを取り囲んでいた。
「ロソウ、ヒバマタ、エンドウ……」
死んだ仲間たちだ。
「おうよ。みんないるぜ! 」
そう言って歯を見せて笑ったのは、怨霊を見て一目散に逃げたロソウ。
「お前が代表ヅラすんなよ、ビビリが」
憎まれ口を叩いたのは、ロソウの幼馴染で真っ先に殺されたはずのヒバマタ。
「まあまあ」
そう取りなすのはエンドウ。守れなかった人たちが、センジョの周りで笑っていた。
「みんな……」
涙が頬を伝った。
「ごめんな……ごめんな……」
泣いても意味はないと知っているのに、涙が止まらなかった。
「俺は、みんなに、幸せに、なって欲しかったんだ。みんなに笑って、欲しかったんだ。みんなを、守っているつもりだったんだ。それな、のにごめん。みんなに人を、殺させて、怖い思いを、させて、挙句の、果てには、殺してしまった……ごめん、ごめんなさい」
嗚咽で謝罪さえままならない。また涙が頬を伝った。仲間たちはそんなセンジョの周りで、顔を見合わせていた。
「いっそ、誰か俺を殴ってくれ。許されることなんて望んじゃいないが、誰か、俺を、殴ってくれよ……」
蹲るセンジョの背中を、温かな手がさすった。
「もういいよ、首領。あんたは頑張った。これ以上ないくらい頑張ったよ」
ロソウのこれほど落ち着いた声を聞いたのは久しぶりだ。
「でもロソウ……」
「でも、じゃないよ。おれもあんたももう死んでんだ。生きてる時のことは恨みっこなしだぜ。あいつらみたいな怨霊になっちまう」
そう語る笑顔には嘘がなかった。
「だけど」
「あんたもたいがい強情だなぁ。もういいんだ。認めてやれよ。結果はどうあれ、あんたは頑張ったんだ」
頑張った。だからなんだ。そう思ったけれど、口から出たのは別の言葉だった。
「ありがとう」
洟をすすった。滲んだ視界が、またはっきりと輪郭を持った。
「ありがとう、みんながいてくれて良かった。ありがとう。俺と一緒に歩いてくれて」
ロソウは勢いよくセンジョの肩を叩いた。
「小っ恥ずかしいこと言ってくれるぜ。お互い様だよ。どういたしまして」
たくさんの手がセンジョに向かって差し出された。
「さあ最期にひと働きだ。生きているガキを助けてやろうぜ」
「うん、そうだね」
センジョは拳を天へと振り上げた。
「正義は我らにないかもしれない。これは俺のためだけの戦いだ。でも、いやだからこそ!絶対に勝つ! 」
「応! 」
敗北した兵士たちは再び武器をとった。ただ一人の生きている他人のために。自分が気持ちよく死ぬために。