冒険の始まり⑥
先程からの大騒ぎに、兵士が鏃杖片手に追いかけてきた。翼が斬りかかり、シイ神さまは宙に浮かんで苛立たしげに礫を投げた。
この工場を改造した根城は、ぐるりと鉄条網で囲まれている。扉はあるが鍵がかかっている。どうしようかと思った時、子どもが鍵を取り出した。先程兵士からくすねたものだ。
「偉いぞ、君いぃぃぃ! 」
報セは大袈裟に褒めて扉を開けた。
扉の外は、雑草がまばらに生えた荒地だった。数十人が動く物音がして、鏃を放つ音がした。あいにく隠れる場所もない。
真っ直ぐに逃げる事は諦めて、視界の左端に映った森を目指すことになった。兵士達は罵声を浴びせながら追いかけてくる。鏃が雨のように降ってくる。その一つが報セの肩を切り裂いた。痛くないはずはないけれど、報セは走り続けた。やがて林の中に着く。翼は報セらに藪の中に隠れるよう目線で指示して、自分は踵を返して兵士達の前に姿を晒した。
猛然と鏃が放たれる。その全てが翼をすり抜け、木に突き刺さった。抜刀して間合いを詰める。頭の中がしんとして、ただ世界中に相手と二人だけになるこの瞬間が翼は好きだ。勝ち負けは単純だ。恐れを抱いた方が負け。
気合とともに先頭の兵士を倒すと、二人と一柱が隠れている藪とは反対方向に走る。何人かの兵士が追ってくる。残りは倒れた兵士の様子を見ている。
充分に藪から離れると、姿を消した。兵士達は混乱して、そこらの藪や木の上を探している。その隙に翼は元の場所に戻った。
報セは着ていた衣の袖を裂いて、止血を済ませていた。熱が少し出ているようだが、歩くことはできるらしい。報セは
「とりあえず身を隠せるところを探そう」
と自ら先頭を切って歩き出した。
森は逃亡者を優しく包んでくれた。土の匂いは、梢の立てる音は、争いから逃れる者達の味方だった。
一行は黙々と森を歩いた。
報セは表情を変えずに歩いている。何かを探しているようだった。やがて報セはしゃがみこむと、辺りの土を軽く払い始めた。
「見てごらん」
報セは土の中から出てきた、道を示した。
「機蛇の通り道だ。さっきの工場で作った物を運ぶ、貨物機蛇の通り道だろう。これを辿れば、貨物の届け先に行けるよ」
報セは翼を見上げて、微笑んだ。いつの間にかシイ神さまが肩に乗っている。
「だから大丈夫。すぐ帰れるよ」
「ああ、機蛇なら我が動かせるかもしれないのだ。怖がることはないぞ翼」
少し不安だったことを見透かされているようで、翼は恥ずかしかった。
「そんなこと、わかってますから」
怒ってないのに怒ったような口調で言って、翼はずんずん前に進んだ。
機蛇はその名前の通り、思い石の力で動く、機械の蛇だ。銀色に輝く身体がうねりながら進む姿はなかなかに美しい。翼の住んでいる港街では郊外や首都と街を結ぶ、市民の足として活躍しているが、工業地帯では主に製品を運ぶのに使っている。蛇行しながら進むため、その通り道は真っ直ぐではない。三人はぐねぐねと曲がった道を進んだ。
唐突に、目の前に機蛇の頭が現れた。目を瞑っているその姿は、本物の生き物が眠っているようだった。機蛇は蛇の脇腹にあたる場所に扉があり、そこから中に入ることができる。扉は開いていた。
貨物機蛇のため、中はがらんどうで座席もなかったが、身体を休めるにはもってこいの場所だ。一行はそれぞれ好きな場所に座り込んだ。