対峙すること⑤
「先程の威勢はどうした? 」
膝をついた少年に大虎は話しかけた。
少年は息も絶え絶え、それでもなんとかこちらを睨んだ。
何度斬っても倒せず、彼はその度に立ち上がった。
立ち上がりざまの斬撃を、大虎は身をよじってかわした。
刀に引っ張られるようによろけた彼の膝を、蹴飛ばして転ばせた。
まったく。どっかの誰かみたいな渋とさだよ、どうしてくれる。知らず知らず、笑みが漏れた。
「黒キ君、もう降参かね? 」
少年は首を振って、立ち上がった。
「まだまだ」
大虎の笑みが深くなった。
やはりこの子の魂は鳳に似ている。我が兄弟、そなたの子孫はなかなか骨があるようだ。
斬撃をかわしながら、大虎は少年と距離を取った。戦略も何もない乱暴な戦い方だが、素質は感じる。特に瞬発力は優れているようだ。このぐらいの歳にしては、なかなかの腕前と言っていいだろう。
手首を狙った一撃を払うと、もう一度少年に話しかけた。
「見事だ」
馬鹿にされたと思ったのか、少年は顔をしかめたが、事実はその反対だ。
つくづく君が羨ましいよ、鳳。
甲冑の男、青キ大虎の胸中は、懐かしさと羨ましさとが入り混じっていた。
生前の彼と黒キ鳳、つまり少年の先祖は竹馬の友であった。五歳年上の鳳は兄貴分であり、よき競争相手であった。
刀術の腕前は大虎の方が上だった、と大虎は思っているが、それ以外は遅れをとったことが多い。
例えば目の前の少年である。鳳は子宝に恵まれ一族は繁栄したが、大虎はというと嫡男と折り合いが悪く、息子達の兄弟仲も悪かったため、一族は没落した。大虎の子孫は刀術を習うどころか、まともに暮らせているのかもわからない。
青キ大虎は武将としても統治者としても優れていたが、一族は没落し、自らが築いた統治体制は崩壊してしまった。驕れる者は久しからず。そういう言葉があるが、彼の栄華は短かった。
少年と若い頃の鳳の姿が重なって見えた。
羨ましいとか、優越感とか、嫉妬とか、醜い感情が胸をよぎった。
この青キ大虎は死んでなお強い。現にお前が、こんなに頑張っていても倒せない。
だが青キ大虎は栄華を失い、お前はこれから栄華を掴む。
青キ大虎はもう死んでいて、若いお前は未来へと進む。
失敗だってするだろう。絶望だって味わうだろう。そこから得るものがあるだろう。
いや。たとえ得るものがなくても、お前は未来を歩むのだ。
遊び、喧嘩し、技を磨き、たまには色恋をして女を抱き、身を固めても目移りをする。そうだったな、鳳。
喉元を狙って突いてきた刀を、払ってそのまま脇腹を斬った。
だが甲冑に弾かれた。腕を動かす都合上、脇は甲冑で守れないはず。
少年は体勢を立て直したが、大虎に倒され地を転がった。
とどめを刺そうとした刀を、少年の刀が弾いた。
少年は大虎を跳ね除け、正眼に構えて間合いをとった。
息は上がっていたが、しばらくするとそれも収まって、両者睨み合ってしばらくすると、少年は勝負を仕掛け、成功しないが致命傷は負わず、そうやって時が過ぎた。
「おい。大丈夫なのかよ、あれ……」
怨霊にもみくちゃにされ、乱戦状態のセンジョが呟いた。
「大丈夫なのだ。黙ってみておれ」
一緒にもみくちゃにされながらシイ神さまが答える。川の神は少し離れたところで暴れている。
「でも素人目にも実力差が……。それに今は決闘みたいになってるけど、周りの兵士が参戦したらひとたまりもないだろ?すぐ助けないと……って、うわっ‼︎ 」
残念ながら、センジョに助けに入る余力はなかった。
「ふん。まあ見ておれ」
シイ神さまはセンジョの肩の上で不敵な笑みを浮かべた。
「いくら強くても所詮は怨霊。哀れな亡者、死せる者の思いの塊なのだよ。生きている者の方が強い。神が味方しているのなら尚更だ」
少年は再び立ち上がった。