彼らの処遇⑥
報セは明日の朝、帝国軍に引き渡されることが決まった。浜ノ玉髄の話とは、凪の処遇についてだった。報セは記録をまとめながら、ぼんやりと夜空を眺めた。先程の出来事が頭をよぎった。
「首領はあの子を、この鹿毛馬市に留まらせたいようだったがね……」
口ごもりながら玉髄は言葉を選んでいた。
要は同じ民族とはいえ、身元の知れない子どもを置いておく余裕は、連盟軍にはないということだ。センジョが玉髄に伝えた案、連盟軍の後ろ盾のもと鹿毛馬市の共同体で育てるというもの、これは理想論がすぎる。
人は一人では生きられないが、赤の他人には厳しいものだ。リンの扱いを見ればわかる。鹿毛馬市の住民はけして底なしの善人ではなく、凪はお世辞にも愛想がいいとは言えない。不健康で痩せているだけならまだしも、元兵士でトラウマを抱え、人と目を合わせず、無気力で目の焦点があっていないこともしばしばある。
報セ山藤はいい歳なので、センジョの甘っちょろさはよくわかっていた。だが玉髄の汚さにも腹が立った。口ごもりながら、言葉を選びながら、凪のことを思っている振りをしながら、報セの中にあるかもしれない凪への同情を煽り、凪に関する全ての責任を報セに押し付けようとするその仕草が気に食わない。
「よろしい、僕が連れていきます」
努めて穏やかに話していたけれど、玉髄のあからさまにホッとした顔には拳を叩きつけてやりたくなった。もちろん、そんなことはしなかったし、極めて穏やかに和やかに交渉ができたのだが。嘘は得意ではないが、事実の省略と相手の誤解を利用するのは得意だ。いかにも温厚な人間にも残虐な人間にも、表情と言葉で脚色できる。交渉の場に適した演出を加えれば良い。
凪には報セから話をつけた。話をつけたといっても
「凪、この鹿毛馬市に残るのと、僕と一緒に帝国に渡るのどっちがいい? 」
と尋ねただけである。即答で
「どうでも」
と返ってきたので、
「じゃあ僕と帝国だ」
と決めた。
凪はわずかに顔を顰めて、それだけだった。
正直なところ面倒な事になったとは思っている。新聞社勤めの頃は出自を考えれば破格の裕福度合いだったが、今はそうもいかない。ほぼ無職で、裕福でもない独り身の男に、子ども一人の命を預かる責任能力があるのかと問われれば、答えに窮してしまう。だがここで凪を鹿毛馬市に置いていけば、後悔する。確実に。
師匠が、母が、手の届かない場所に去ってしまった。身近な人が死ぬのは、けして初めてではないが、それでも応えた。人の命は有限なのだと改めて突きつけられた。例外はない。師匠に尋ねておきたかった質問も、母に投げつけたかった恨みも、宙に浮いて砕けてしまった。
例え凪の名前を忘れても、美しい容姿を忘れても、一度は手を差し伸べた子どもを、信用できない場所に置き去りにしたことは忘れないだろう。そんな後悔はしたくない。
報セは大きく伸びをした。どうもこの市庁舎は空気が重い。センジョのことは謀反人なりに評価しているが、玉髄はじめ青の民連盟軍はどうにも好きになれない。リンの恩に報いることができたかはわからないが……。
報セは紙の束を撫でた。
明日には軍に引き渡される。できることをしよう。