彼らの処遇④
「やっと立ち上がる気になったのだ」
小さな精霊がそこにいた。
「いつからそこに! 」
センジョは全く気がついていなかったが、シイ神さまは随分と前、センジョが笑いだした時からそこにいた。シイ神さまは首をすくめた。
「けっこう前だ」
「俺……「みなまで言うな」
シイ神さまはセンジョの懺悔など必要としていなかった。
「川の神が強力してくれることになった。すぐにそちらに向かうぞ」
急かされて近くの小川に向かった。川面に真っ白な人が立っていた。大人の膝までぐらいの背丈で、下半身は蛇である。手には水かき、背中にヒレがついている。尖った両耳の上に髷を結っている。魚のような丸い目で、色は一点も曇りのない黒である。
「よしよし、アンタにもワタシが視えているのな」
川の神が満足そうに呟いた。帝国人が神と呼び、青の民が霊または精霊と呼ぶ彼らは、霊能者でない人間には視えない。
「話は聞いてる。ワタシはアンタたちを助けてあげる。怨霊は墓に帰るべき」
川の神は水面を滑ってこちらに近づいてきた。
「アンタたちは少し、助けるだけでいい。ワタシ強い」
知らず知らず、センジョは拳を握りしめていた。不穏な気配を察知し、シイ神さまは顔を顰めた。
「……ならば何故今まで助けてくれなかった! 帝国に虐げられている時、いや帝国がこの島を侵略した時に! 」
シイ神さまはため息を吐き、何か言いかけたが、川の神はそれを遮った。川の神は真っ黒な瞳でセンジョを捕らえた。
「ワタシ達はたった一つの民族を助けたりはしない。それは不平等。ワタシ達はこの世界のためになることをしなければならない。そういう風になっている。死者が生者を殺すのは、世界の真理を歪めている。大人しくしているうちは黙っていた。そしたら何人も死んだ。ワタシが悪い。ワタシが間違えた。ワタシは強いけど、完全ではない」
川の神は伸び上がってセンジョの顔に触れた。湿った手の平は冷たかった。
「でも忘れないで。アンタは一人で生きてるわけじゃない。人間は人間だけで生きてるわけじゃない。水、大地、芋やヤギ、色んなモノに生かされている。人間だけが世界じゃない。精霊、獣、植物がアンタをいつだって生かしてきた。アンタはこの世界に生まれてきてからずっと、誰かに助けられて、誰かを助けて生きてるんだ。望んだ記憶もなく生まれ、意味もわからず生きているとしても、アンタが神と呼ぶ世界の真理に従って生きてきたんだ」
川の神はセンジョの瞳を覗きこんだ。
「アンタの願いは叶ってこなかったかもしれないけど、祈ることを忘れちゃいけないよ。世界はアンタを愛している。祈りは誰かに届くだろう」
「気休めを」
「気休めじゃない。ワタシ達は頼られるのが好きだ。誰かを傷つけること、世界の真理を歪めることじゃなければ、喜んで手を貸すさ。できることには限りがあるがね」
それじゃあ頼りにならないじゃないか。とセンジョは思ったが、口には出さなかった。善意を踏みにじってはいけないから。
「それじゃあ、生き霊を助けに行こう。奴らは革命軍の本拠地を目指している。それにはこのワタシの川を渡らなきゃいけない。そこを叩くのさ」
センジョは眉を寄せた。
「なぜ革命軍の本拠地を? 俺たち連盟軍だって邪魔なはずだ」
そこでシイ神さまが
「奴らがより許せないのは革命軍さ。奴らの墓を荒らし、奴らの土地をより酷く荒らしているのは革命軍だからな。それにお前たちにはすでに深手を負わせている」
と口を挟んだ。
「……それも、そうか」
深く深く、息を吐く。
「協力ありがとう。翼を、助けに行こう」
センジョは再び、きつく拳を握った。
「ああ、そうしよう。ワタシたちが死者に負けるはずがないさ」
川の神は歯を見せて笑った。