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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
60/80

彼らの処遇③

 怨霊たちが去ってなお、センジョはその場から動けずにいた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


仲間の死体に囲まれながら、まだ辛うじて生きているであろう生き霊に、手袋越しに霊能力を送った。昔から出来たセンジョの特技の一つだ。死んでいる者と生きている者の違い、多種多様な霊の違い、自らの能力の使い方、他の子どもが苦労することをセンジョは難なくこなせた。だからこそ理解できた。仲間たちは全員死んだ。


「ははははははははほははは」


乾いた笑い声が聞こえてきた。それが自分の声だと気がつくのに数秒かかった。意思とは関係なく、センジョは笑い続けた。頭がおかしくなっているな、と妙に冷静な自分もいた。


 士官を目指して帝国に住んでいた時、小耳に挟んだことがある。発狂した者は怒りも悲しみも楽しさも、強い感情は全て区別がつかなくなるのだと。信じてはいなかったが、今も信じてはいないが、側からみればこの状況で笑うセンジョはまさにそのものだ。


「あは、あはは、あはははははははははは」


そのうち息が切れて、ひゅうと息を吸い込んだ。吸いこみ方がまずかったのか、噎せて咳き込んで下を向き、生首と、翼と目が合った。


 わずかな生命の温もり。こうして目を瞑って、頭だけで転がっていると随分と幼く見える。生き霊ゆえに血の臭いはしない。どこか乳臭い、子どもの汗の臭いがする。波打つ癖毛は櫛で梳かして結ばれている。アホ毛はそのままなのに。髪を結んでいる紐をよく見ると、見覚えがある。


 ああ、そうだ。帝国の神社で売られている、御守りになるという組紐だ。異教徒の風習など胡散臭いと内心では馬鹿にしていたが、帝国にいた頃、周りがよくつけていた。彼らは一様に


「実家のお袋が押し付けてくるんだよ」


と迷惑そうだったが、それが愛情であることは彼らだって理解していた。色によってご利益が違って、彼らはよく赤と黒の組紐をつけていた。黒は武運、赤は出世を意味する。士官学校の生徒にはお似合いの品だ。


 翼がつけているのはそれとは色が違う。緑と牡丹色。緑は健康、牡丹色は縁を意味する。縁結びというと恋愛を想像しがちだが、子どもに身につけさせる場合は、周りの縁に恵まれますように、という意味もあるそうだ。転じて子どもの幸福を願う意味で、色々な場所で使われている。そういえば翼の衣服にも牡丹色の模様が付いていた。どこかの家紋のようにも見えるが、翼の身のこなしを見るに、所属している道場を表すものだろう。


「健康で、幸せに、か」


どんな場所でも、子どもに願うことは、そう変わらないらしい。ご利益など信じないが、もしカジカの持ち物にそんな効果をつけられるならば、センジョは同じことを願うだろう。


『兄ちゃん、兄ちゃん』


ふと死んだ下の弟のことを思い出した。


『おれは兄ちゃんみたいに強くなりたい』


そんな嬉しいことを言ってくれた。でもセンジョが帝国に旅立つ一年ほど前に、風邪を拗らせて死んでしまった。まさか死ぬなんて思ってなくて、センジョはいつもと同じように外へ出ようとした。


『ずるい』


と恨みがましい目で睨まれたのが、最後の会話だった。弟が死んだのは貧乏のせいだ。貧乏は帝国の圧政のせいだ。そう思わなければやってられなかった。それでも帝国を理解しようとして。認めて欲しくて。理想論に甘えて。それに絶望して。戦って。家族は一人ずつ死んでいって。でももっと許しがたい敵がいたから帝国と手を組んで。手を組んでも助けてもらえるはずもなく。その結果がこのザマだ。


 ごめんなさい。愛してくれたのに、守れなくてごめんなさい。敵を倒せなくて、ごめんなさい。授かった能力を、何一つ有効に使えなくてごめんなさい。たくさん味方を死なせてごめんなさい。たくさん敵を殺してごめんなさい。たくさん殺したくせに都合で手を組んでごめんなさい。嫉妬ばかりでごめんなさい。暴言吐いてごめんなさい。夢ばかり見てごめんなさい。掲げた理想を叶えられなくてごめんなさい。正義の味方ぶって周りを巻き込んだくせに、正義なんてわかってなくてごめんなさい。駄目なことばかりしてるのに、生き延びてしまってごめんなさい。


「……」


そんな俺を、許してほしいなんて思って、ごめんなさい。


 帝国兵に乱暴された女なんてたくさんいた。殴られた男なんてその倍以上はいた。センジョが挙兵しなくても誰かがしただろう。事実、独立革命軍が暴れている。帝国を、帝国軍を好きになれる青の民は少ない。自分の大切な人、自分の町の誰か、誰かしら傷つけられている。その昔、帝国に支配される前には彼らには固有の言葉があり、顔立ちも違った。いつのまにか言葉はなくなり、髪を伸ばして耳飾りを外せば帝国人と言っても怪しまれないほど、帝国化されている。


 虚しい。


 正義は我らにありと言った。その言葉に偽りはない。偽りはないけれど、正義には力がなく、正しいことは必ずしも幸せではなかった。センジョが守りたかったもの、踏み躙られて許せなかったもの。この島とそこに暮らす人たちへの愛、民族の誇り。今でも守りたいと思ってはいる。思ってはいるけれど……。


 涙が頬を伝った。


 泣くな。センジョは自分に檄を飛ばした。お前はその虚しい正義のために敵を屠り、仲間の死体を踏み越えて、今この時まで走ってきた。今更、立ち止まれると思うな。許し難い敵は目の前にいただろう。戦え、立ち上がり敵を殺せ。お前は今までそうやって生きてきた。


 センジョは敵の消え去った方角を見つめた。

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