冒険の始まり⑤
「とりあえず報セさんと合流する」
無計画も計画のうち。なんとかなるさの精神である。そう宣言すると、翼は子どもに背を向けて、一階に向かった。ついてこなければそれまでだ。
子どもはしばらくして黙って後ろからついて来た。意外とちゃっかりしているのか、翼が倒した見張り交代兵士から何かくすねていた。
体が弱いようで、歩くたびに息が切れている。この調子で逃げきれるのか心配だが、ついてきた以上、置いていくわけにはいかない。
「大丈夫か? 」
と尋ねると、苦しそうではあるが一応は頷く。持病でもあるのかな、と翼は疑った。ここから出たら、どこか薬をくれるところを探さなければ。報セは今のところ元気そうだが、あの土牢に閉じ込められていたのだから、こちらも心配だ。翼自身は健康そのものだが、そもそも生き霊である。前途多難とはこの事である。
翼は結んだ髪の先を二つに分けて持って、思い切り引っ張った。翼なりの気合の入れ方だ。
「よし! 」
その時、二階からドタバタと物音が聞こえた。翼は階段を駆け上がった。
「翼、逃げるぞ‼︎」
兵士を引き連れて、報セが走ってきた。背嚢を腹側に抱えて持っている。
「え、えええ」
どうやら偵察が上手くいかなかったらしい。逃げようとすると
「動くな! 」
兵士が三人、道を塞いだ。
まずは一人。翼は拳を握り、鏃杖を構えている兵士の懐に潜り込む。反応される前に腹に拳を叩き込む。次。鏃が飛んできたが、気にせず側頭を叩く。三人目。逃げようとする背中に蹴りを入れる。
三人の兵士は全員その場に倒れた。報セはひゅうと口笛を吹いた。
「強いね、翼 」
「ま、まあ一応?全国一位ですから」
褒められて悪い気はしない。ドヤ顔で答えたが、優勝したのは総合武術大会中学生の部。刀術で二位、拳闘で五位の総合一位である。また総合武術大会に出場するには二種の武術を使わなければならないので、一種目に特化した者は出場しない。それはそれですごいのだが、全国一位という言葉から受ける印象とは異なる。
「刀があったらもっと強いです 」
やや調子に乗っている翼の目の前に、光り輝く刀が現れた。恐る恐る触れると、光は消え、ただの刀に変わった。刀身は翼の足先から腰まで。振ってみると、翼が日頃使っている模擬刀と同じくらいの重さである。
「自慢はいいのだ!その刀をやるからさっさと逃げるぞ、愚か者‼︎」
シイ神さまに怒られて、翼は慌てて刀を帯に差した。いつのまにか帯からは鞘がぶる下がっていた。
階段の下であの子どもがぼんやりと立っていた。
「その子は? 」
シイ神さまが問い詰めた。翼はシイ神さまの剣幕に驚き、しどろもどろになった。
「え、いや、一緒に逃げようって」
「はあ⁈」
「だって、だって殴られてたから……」
翼だって冷静になれば、もっと理論的に話せるのだが、今はそうではなかった。自分でも酷い言い訳だと思った。が、
「一緒に逃げる?良いともぉ‼︎」
と報セが勢いよく了承した。
「え」
驚いたのは翼である。シイ神さまは呆れ顔だ。
「いや、山藤」
報セは子どもに歩み寄り、目線を合わせてニイッと歯を見せて笑った。ちょっと気持ち悪い。子どもはすっかり怯えて、目を泳がせている。
「これからよろしく。自己紹介を始めたいところだけど、時間がないから後にしよう。走るよ‼︎」
そう言って先頭を切って走り出した。子どもは戸惑っているのか、それとも迷っているのか立ち止まっていたが
「君も早く!こんなところおさらばだ‼︎」
と報セに急かされ走りだした。シイ神さまは諦めたのかため息を吐いた。