怨霊討伐大作戦⑨
「ロソウ!おい戻れ! 」
センジョはロソウの背中を追って走った。
惨めだ。追い討ちをかけるように雨まで降ってきやがった。頑張って、頑張って、報われない。その繰り返し。
本当は民族の誇りなんてどうでもいい。でも大好きな人達に笑って欲しかった。ありがとうって言われたかった。邪魔してくる奴は嫌いだった。幸せな奴らが妬ましかった。家族六人で一緒に食事がしたかった。家族が六人同時に生きることはなかった。カジカ以外死んでった。泣いていいなら、今ここで泣きたい。
ロソウが木の根に躓いて転んだ。やっと追いついたセンジョに、泥だらけで泣きついた。
「首領、おれもう帰りたい。家に帰りたい」
ロソウの村は独立革命軍の手に落ち、取り返すために連盟軍に入ったのである。従って家はなかった。三人の姉は一人が死に、二人は革命軍に慰みものにされた上、連れ去られて行方知れずになっていた。屋根裏に隠れていたロソウには何もできることなどなかった。それからロソウは姉の話をしなくなった。
背中をさすってやりながらセンジョは、俺も同じだと思った。もう帰りたい。
「首領……」
振り返ると、討伐隊の何人かが集まっていた。集まったのは兵士が七人、霊能者三人。
「ヒバマタが死んだ」
ヒバマタはロソウと同じ村の生まれの、仲の良い幼なじみである。ロソウの顔が引きつった。悲しみが不意に襲ってきたとき、すぐに泣き喚くことのできる人間は、そう多くない。センジョは顔を見せない兵士について尋ねた。
「アマモとエンドウは? 」
「わからない」
「探すぞ」
一行が辺りを探索すると、三人が墓の陰にいるところを見つけた。先程センジョが尋ねた兵士二人と霊能者一人である。
呆然としている霊能者と必死に救命措置を繰り返すアマモを見れば、何が起きたのかは明らかだった。
「アマモ、もういい」
声をかけて引き離して、脈と瞳孔を確認した。エンドウは死んでいた。
「帰ろう」
士気は下がっている。勝ち目はないだろう。首領として、守るべきは市庁舎だ。センジョは引き返すことにしたその時、
「そうか逃げるか」
と低い声が墓場にこだました。
霊能者の一人が悲鳴を撒き散らしながら、出口に突進した。止めようとする間もなく、立ち塞がった怨霊に斬られて崩れおちる。いつの間にか囲まれていた。なぜ三人のうちエンドウだけが死に、逃げなかった他の二人が生きているのか。こうして人を集めるためだ。
怨霊の群れを割って、甲冑を着た男が前に出た。
「情けないことだ。誇り高き青の民は今、斯様な有様か。姿も性根も汚らしい」
甲冑の怨霊が重々しく告げた。
「嘆かわしい」
怨霊の威と、仲間を一瞬にして失った事実に打たれ、言葉を口にすることもままならなかったセンジョは、この時初めて怒りを感じ取ることができた。
「誰のせいだと思ってるんだ!言わせておけば……」
手袋をした手を振り上げた瞬間、センジョは息を詰まらせ、倒れ込んだ。
「なぜ戦うのであろうな。答えなくて良いぞ。返事など要らないから、問いかけたいだけなのだから。この世界を元に戻さねばならぬ」
喉を鷲掴みにされたような強烈な圧迫感に苦しみ悶えながら、ようやく絞り出した声は
「あ……」
緊張感も何もなく、目の前の強敵には蚊の羽音ほどの威力もない。甲冑の怨霊の目がセンジョの胸元の首飾りに止まった。怨霊は静かに息を吐いた。