怨霊討伐大作戦⑧
僅かな間があって、ロソウは悲鳴をあげ出口に走った。
「おい、落ち着け!戻れ! 」
センジョが呼びかけても、恐怖で聞く耳を持たない。センジョはロソウの後を追いかけた。
翼は敵の前に立ち塞がって刀を抜いた。睨み合い、切っ先を向けた相手は半透明で足がなく、背丈は翼と同じくらい。間違いなく怨霊だ。
「騙し討ちとは卑怯な。俺に討たれることを光栄に思え、このスケスケ野郎! 」
煽って踏み込んだが、敵はひらりと身を躱した。
「お互い様だ、たわけ」
斬撃は素早く重い。受けた翼の腕に振動が伝わった。そのまま鍔迫り合いになったが、力の差はあまりない。膠着状態になることを恐れ、どちらからともなく間合いを取った。
「そこそこやるではないか、わっぱ」
「そ、そちらこそ。一応、名乗ってやろう。我が名は黒キ翼。黎明より将軍に仕えし常闇の一族、黒キの家の雄鷹の息子だ」
平静を欠いている割に、無駄に長くてカッコつけた翼の名乗りがおかしかったのか、怨霊はにい、と歯を見せて笑った。
「我が名は長ノ海嶺。いざ」
僅かに空いた胴を狙って、翼は刀を振り下ろしたが、あっさりとはじかれた。海嶺は返す刀を翼の首へ。翼は後退して態勢を立て直した。海嶺は強い。休ませてくれるはずもなく、突っ込んでくる。
翼の世界から海嶺以外が消えた。相手の一挙一動に、翼の腕が足が動かされていく。翼の動きが、相手の動きを作っていく。
斬撃を躱して側面から首を狙ったが、またもはじかれた。が、海嶺はやや態勢を崩した。翼は手首を斬り飛ばした。
刀ごと海嶺の手が飛んでいく。
「ほほう、お見事」
手首から先の無い腕をひらひらさせて、海嶺は言った。
「おやおや、我を斬らないのかね? 」
「……さっさと墓に帰ってください。それ以上は望みません」
海嶺は声を上げて笑った。
「これはこれは。呆れたな。そうはいかないんだよ。殺されるのでなければ、我らが墓に帰ることはない。この狂ってしまった世界を、そのままにはできないんだよ」
海嶺は翼の肩ごしに、何かを睨んでいた。
「我が主、どういたしましょうや」
木々が蠢いた。風が強く吹いた。闇の中から、甲冑に身を包んだ人影が姿を現した。古の帝国の武人らしき物々しい人影である。
「青キ大虎……」
思わず声に出してしまった。名乗らずともその覇気で、己の存在を示している。いかにも。この甲冑の怨霊こそ、青キ大虎その人であった。
甲冑の男は翼に冷たい一瞥をくれると
「捨ておけ」
と指示を出した。そのままセンジョ達が走り去った方向へ歩み出した。
「ま、待って」
翼は上ずった声で呼び止めた。
「貴殿に恨みはないけれど、もしあの人達に危害を加えるのなら、相手をしていただこう」
ふ、と甲冑の男は息を漏らした。ふふふ、と息は漏れ続け、やがて男は呵々大笑した。
「よかろう、その意気や良し。だが一つ訂正してもらおう。先程怪しげな名乗り文句が飛び出したが、黒キの家は太陽の眷属。常闇などと言ってはバチが当たるぞ」
翼は刀を構えた。相手には隙がないが、気迫に押されれば負けたも同然。気合いとともに、踏み込んだ。が、
「勢いはいいが隙だらけだな」
の一言を聞き終わらぬうちに、首が吹っ飛び意識を失った。