怨霊討伐大作戦⑤
「リンに言われたわけじゃないです。リンはたぶん、連盟軍に勝ってほしいとか、革命軍をぶっ潰せとか、そんなことは思ってないんだと思います」
よく考えて、翼は言葉を探した。
「自分がそうしたいと思って、行動してます。貴方に怒鳴られて、自分なりに考えてみました。この島のこと、住んでいる人のこと。なんにも知らなかった。知ろうともしてなかった。自分の国が何をしてきたのかも。でも氷上帝国は……祖国だから。みんなが理解しあって仲良く、なんて綺麗事ですよね。でもそんな綺麗事に本気になるくらい、自分は、何不自由なく、苦労もせずに育ってしまって。……聖人じゃないし、なれないけど、悪人ぶって自分まで偽るのは嫌だから」
みんなが理解しあって仲良く。センジョの口元に皮肉な笑みが浮かんで消えた。
かつてそういう理想を掲げて、この島を離れた少年がいた。頭が良く、体が丈夫で、心根の素直なその少年は、村の期待を背負って旅立った。老人の忠告もろくに聞かず、心を弾ませて帝国行きの船に乗った時、少年の瞳には明るい未来が見えていた。
この海を制する軍人になって、生まれた村に錦を飾ろう。貧しいこの村のことを、もっと多くの人に知って欲しい。いつか最高の仲間とともに、この菱の島に立つんだ。純な野望を抱きしめて村を離れた少年を、燦々と輝く太陽が照らした。暖かい気候と凍らない海が少年を待っていた。少年ことセンジョが学校に入るために故郷を離れたのは、十四歳の冬だった。
センジョの笑みを、どう受け取ったものか。迷いながら翼は話し続けた。
「あの、調子が良すぎますよね。笑ってください、身勝手だって。アハハ。全くその通りなんだから。どんなに血塗られたものだと知っても、俺は家族や故郷を嫌いになれないし、なければいいなんて思えなくて。奪ったものだとわかっていても、返すことができないし。家族や故郷を、その、否定したくないんです。あの人達が酷い人だなんて思えない。きっと話せばわかってくれる……なんて」
センジョは黙ってきいていた。翼の拙い言葉が、あまりにもかつて自分が見ていた夢に、抱いていた野望に似ているから。青臭いその夢は、打ち砕かれてしまうと知っている。ありえないと嘲笑うことは簡単だ。
だけど、とセンジョは思う。俺は大人になってしまった。この子だって、いつかは大人になっていく。それまでは、夢を見るがいいさ。大人になるにつれて失ってしまうもの、それは大人には馬鹿げて見えるものだけど、誰かが奪っていいものじゃない。
夢は実現するかはわからない。それでも夢を見るのは、少なくとも悪いことではない。
「言いたいことはわかったよ。勝手にするといい。止めやしないさ。昨日は怒鳴って悪かった」
センジョはそう言って、兵士達の元へ足を向けた。
「凪のことは? 」
「誰にも言いやしないよ。確認したかっただけだ。彼のことは鹿毛馬市の市民として、我が青の民連盟軍が保護しよう。というか、元からそのつもりだよ」
「あの」
「なんだい? 」
「自分のことは翼と呼んでください」
「わかったよ、翼」
翼に背を向けて、センジョは元いた場所へと戻った。