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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
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冒険の始まり④

 一行は二手に分かれるになった。報セとシイ神さま、翼に分かれる。


 二手に分かれるのは報セの提案だ。姿を消せる霊と、姿を消せない報セでは勝手が違うので、分かれた方が便利だという主張である。しかしシイ神さまが、報セを一人にして攻撃されては本末転倒だ、ともっともな反対をし、このように分かれることになった。


 報セとシイ神さまは裏口、翼は正面から入ることになった。


翼が見つからないように辺りを見回しながら中に入り、教わった通り姿を消すと、兵士らしき若い男がいた。年齢は二十代半ばぐらい。その男は大層酔った様子でふらつきながら歩いていた。男は見張り同様みすぼらしい格好で、練習着姿の翼の方がまだましな格好であった。武装組織というものは、よほど儲からないものらしい。だからこそ、一介の写真家なんぞを誘拐したのだろう。


男はすぐに、他の兵士が輪になって座っているところに加わった。


「お前、おっさんの見張りはいいのか? 」


と問われると


「心配しなくてもいい」


と答えた。おっさんとは報セのことだろうから、男は翼が倒した見張りの、交代要員なのだろう。


兵士達は翼が聞いているとも知らず、雑談を始めた。たまに組織の話もしていた。上の人間はもっと自分達を評価すべきだ、とか。が、話の大半は猥談だったため、もうコイツらは放っておこうかな、と翼は思い始めた。その時


「おい、なんかそこにいないか?」


肝が冷えた。


「ネズミじゃねえの」


「いや人間だ。ちらっと足が見えた」


そんなまさか。霊能者に見つかったのか?そんなにいないと思ったのに!兵士は武器を取ってこちらに向かってくる。多勢に無勢。こちらは素手。気をつけろと言われたばかり。翼は一目散に逃げ出した。今来た道ではなく、建物の中に潜り込み、物陰に身を隠す。報セの言った通り、ここは元々工場だったようで、あちこちに機械がある。


「何もいないぞ」


「見間違いだったんだろ」


「いや。どっかのガキじゃねえか? 後で締めてやる」


物騒なことを呟きながら、兵士は元いた場所に戻っていった。


危なかった……、翼は胸を撫で下ろした。どうやら油断しすぎていたようだ。得られた情報は、見張りは当分交代しなさそうだ、ということだけだった。


これからどうしよう、と考えていると人の気配がした。足音は小さく静かで、子どものようだ。


 翼は姿を消したまま様子を伺い、危うく声を上げるところだった。


そこにいたのは確かに子どもだ。痩せこけて腹が膨れ、野良犬のように汚れた。脚や腕は骨が透けて見え、短い髪にはフケがついていて、着ている衣も汚らしい。肩から鏃杖を下げているので、幼くとも兵士らしい。哀れとしか言いようのない有様にも関わらず、表情のない瞳は不自然に輝き、元は美しい顔立ちであることが伺え、それがいっそうこの子どもの哀れさを引き立てていた。耳には金色の正三角形が、場違いに輝いている。


どんな理由で兵士をやっているのかは知らないが、それはこんなに体を虐めてまでしなければいけないことなのか。子どもにはたくさんの傷があり、明らかに体に合っていない衣から覗く足は裸足だった。だんだんと暗闇に慣れてきた翼の目に写るその姿は、痛々しいというほかはない。翼はけして太ってはいないが、子どもは翼の半分の重さもないように見えた。


 具体的に何か考えがあったわけではないのだが、翼は子ども兵士の跡をつけた。後から思えば、ある種の怖いもの見たさだったのかもしれない。翼の生活圏内には無い貧しさや暴力の拭いきれない生々しさは、鮮明であるが故に現実味がなかった。


ところが、そう離れないうちに子ども兵士を見失い、なかなか見つからなかった。何人か兵士はいるようだが、人の数も少ないままだ。報セの話によると、革命軍は割と人数が多い反乱軍らしいので、おかしな事だ。もしや本体はどこかを襲っていて、ここにいるのは留守番なのではないか。今この瞬間にも、革命軍が悪事を働いていると思うと気分が悪いが、報セを逃すには良い機会だ。今日を逃したら、次はないかもしれない。翼は気を引き締めて、偵察に戻ることにした。


一階をぐるりと歩くと、地下室に降りる階段と二階に上がる階段があった。翼は地下室に降りることにした。


地下室は暗くて湿っぽくて、広さはあるものの、記者のいる土牢とさして変わりない場所だった。おまけに臭いが酷い。汗や排泄物、金物臭い血が混じり合った、獣臭い空気が充満している。鼻が曲がりそうだ、と翼は顔をしかめた。


武器庫として使われているのか、木箱だらけで暗い。その中を手探りで歩いていると、奥の方からくぐもった悲鳴が聞こえた。人が暴れるような物音も。暗くて見えないが複数人いる気配がする。おそらく二人だ。嫌な予感がした。


「おい、何してやがる! 」


翼は狭い隙間をできる限りの速さで走った。


嫌な予感は的中した。倒れている人影と、それを見下ろす人影。先程の呻き声は倒れている人影のものだろう。もう一人は翼の声に振り返って、こちらを警戒している。


向こうは明かりをつけているので、こちらがよく見えないらしい。翼は速度を上げる。やっとこちらに気づいて鏃杖を構えた人影めがけ、拳を振り下ろした。


拳はすり抜けたが、人影は魂を抜かれたようにその場に倒れこんだ。倒れこんだ人影の顔をよく見てみると、見張りをするはずだった兵士だった。まぶたが微かに動いているので、気を失っただけである。目を瞑っていると、先程見た時よりも若く見える。無精髭のせいで老けて見えるが、まだ十代の若者のようだ。手に煙草を持っている。


翼は倒れていた人影、先程見かけた子ども兵士を見た。子どもはいつのまにか部屋の隅に移動し、膝を抱えて座っていた。


 間近で見ると、痩せているのがよくわかる。丸まった背中は背骨が浮き、顔色も悪い。寒い時にやるように、手を擦っている。その手には真新しい火傷の跡がある。ぼろぼろで短い服は、引っ張られたのか片袖が千切れていた。


その瞳には、何も写っていない。役目を終えた屍のように、明日を夢見る胎児のように、ただぼんやりと床を見ている。床は冷えて冷たく、寒いに違いなかったけれど、そんなことどうでもいい、何も見たくない、考えたくない、小さく丸まったその姿が訴えていた。


声をかけても良いのか、翼はためらった。子どもは翼のことも見えていない。きっとここではないどこかに逃れているんだ。だけど、翼は思う。このまま放っていいのか?こいつは敵方だ。だけど放っておけばずっとこのまま。考えるより先に、言葉が口をついて出た。


「ここから逃げよう。一人ではできないけど、俺と報セさんと、神さまだってついてる。今を逃したら次はない。見張りの薄い場所を教えてくれ。協力しようよ」


静かな地下室ではやたらと声が響く。子どもは瞳だけ動かしてこちらを見た。


「殺されるよ 」


報セさんも神さまも誰のことなのか説明はしなかったが、子どもには分かっているようだった。


「捕まればだろ。なんとかするさ。それに…… 」


「ここにいても同じ? 」


翼は黙って頷いた。子どもは呟いた。


「……あの人、案外良い人 」


「良い人の基準がおかしいだろ」


どんな理由であれ、自分より弱い者を殴りつける人は、絶対に良い人ではない。


「このままで良いと思ってんの? 」


子どもは何も言わない。


「なあ、それはおかしい。好き好んで殴られなくてもいいじゃないか。こんなところ出て行って、もっと面白おかしく生きたっていいんだぜ。なあ 」


子どもは再び俯いた。


「一緒に行こう。放っておけないよ! 」


子どもが初めて、翼と目を合わせた。怯えながら、疑っていた。翼を試していた。お前は本当に、味方なのか? 翼は目をそらさなかった。

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