ここにいるのは⑨
「革命軍め、とんでもないものを呼び覚ましたものだ」
シイ神さまは最初からわかっていたようだ。
未だに怨霊の仕組みがよくわかっていない翼にも、青キ大虎ともなればそうとうな強敵だとわかっていた。
「では青キ大虎の怨みは?自身を殺した息子でしょうか? 」
その問いに答えたのはセンジョではなくシイ神さまだった。
「いや。その息子もとうに死んでいる。怨霊は死者の復活ではないのだ。怨みはもっと漠然としたものであろう。例えば自身の領地を荒らしている輩とか」
当てこすりに反論することもなく、センジョはまっすぐ墓地を見ていた。この人もまた、大切なものがあるのだと翼は感じた。
翼はリンを見た。リンはそれに気づいて微笑んだ。深い意味はたぶんない。大丈夫だよ、とかそういうことを言いたいだけの優しい微笑み。翼は決意した。この人を守りたいと思うその気持ちはきっと、この人が大切だと思うもの全て大事にしたいってことなんだ。
このまま何もしなかったら、この町は怨霊に滅ぼされるか、それでなくとも革命軍と持久戦になる。報セを帝国に帰すこともままならない。何より怨霊は翼自身にとっても脅威である。
「センジョさん、取り引きをしませんか」
センジョは再び翼の目を見た。二つの瞳が重なった。先に目を逸らしたのはセンジョだった。
「怨霊の討伐に加えて欲しいんです」
センジョは何も言わなかった。センジョの返事を待ってもよかったが、翼は言葉を重ねた。
「誰にとっても脅威だというのなら、共通の敵がいるのなら、手を組むべきです。間違っていますか?割ける戦力はそう多くない、でも戦わなくちゃいけない。そこに現れたのが、この黒キ翼です。どうです?悪い話じゃないでしょう?この際、主義主張の違いは置いておきましょう。気にしたってしょうがない」
翼は鞘ごと刀を振り上げた。
「我こそは黒キ翼、黎明より将軍に仕えし常闇の一族、黒キの家に生まれ、猛き武人として道を歩む者! 現在は生き霊!この名にかけて、誉れにかけて、いざ!敵を倒しましょう! 」
「……そうだな」
半ば呆れたようにセンジョは呟いた。
「だから報セさんと凪の安全を保証してください」
「そうだな」
センジョは大きく息を吸って、翼と向き合った。
「約束しよう。貴様とその精霊が、怨霊討伐に手を貸してくれるなら、写真家を保護するよう帝国軍に掛け合う。必ずだ。二人とも安全を保証しよう」
「取り引き成立ですね」
「そうだ。我ら民族に二言はない」
翼が勝手に取り引きを持ちかけたにも関わらず、シイ神さまは何も言わなかった。こうなることを予想していたようだ。
「翼、本気なの? 」
リンの問いに翼は答えた。
「本気だよ。俺は俺にできることを頑張る。ここには俺しかいないでしょ? 」
痛いところを突かれたようで、リンは顔を歪めた。リンもわかっているのだろう。翼は考えうる中で最善の道をとった。座している方が危険だ。それでも言わずにはいられなかった。
「貴方自身を危険に晒すことはないわ。悪い事は言わない。やめておいたら? 」
翼は首を横に振った。
「それは無理。俺がここにいるって、そういうことだよ」
止めても無駄だと察したのか、リンは目を伏せて考え事をしていたが、おもむろに首飾りを外した。
「これを持っていきなさい。役に立つと思うわ」
「大事なものでしょう?持ってなよ。それに俺は物を持てないよ」
しまった、とリンは目を丸くしたが、今度はセンジョに首飾りを渡した。
「必ず翼を連れて帰ってきて」
「……了解」
センジョは首飾りを受け取った。