ここいいるのは⑦
「あらまあ、みんな次から次へと高いところに……」
リンの軽口も耳に入らないようで、センジョは真剣な表情で光の方角を睨んだ。
「アレは墓地の方角だが、あそこにはかなり強力な結界があるはずだ。それが破られたとなるとかなりの、人を喰らうような怨霊が現れたとしてもおかしくはない」
そこでセンジョはまっすぐ墓地の方角へ向けていた視線を動かした。
「姿は視えんが存在はわかるぞ、精霊。貴様のような小さい者は、よく視えないうえに力も弱いと思っていたが、それは誤りだったようだな」
「我の真の姿がよく視えないのは、お前の力が弱いからだ」
シイ神さまは姿を表した。
「とかく霊能者は己を過大に評価する。視えるものが全てではないし、視えないものに価値がないわけではない。なまじ力があるばかりに、そんな当たり前のことにも気がつかぬのだ」
つまりシイ神さまが姿を消している時は、本来の姿に戻っているということで、その本来の姿はセンジョにも視えないということか。翼は再び頭の中を整理した。この状況で翼の取れる最善の行動は何だろう。シイ神さまが警告しに来たわけは、センジョの求めているものは、ここにはいない報セと凪の安全に繋がるものは、そして。
不安そうに立つリンの横顔を盗み見しながら、翼はなお頭の中を整理し続けた。見つけなければならない。この人のためになる行動を。他の誰でもない自らの頭の中から。
「センジョさん」
翼はなるだけ胸を張って、センジョの目を見て切り出した。
「前門の革命軍、後門の怨霊ですね。どうするんですか? 」
「貴様に対して答える義理はない」
センジョはため息を吐いた。
「貴様は貴様の目的を果たせ。せいぜいあのおっさんとガキを守ってやることだ。俺は特定の個人を守ることはしない」
「何故」
「何故⁈ 」
センジョは眉を釣り上げたが、怒鳴り散らすことはしなかった。
「青の民連盟軍は慈善団体ではない。目的があり、そのために命を散らした仲間を背負っている。この菱の島を独立革命軍の手に渡すわけにはいかない。そのために帝国軍と手を組んだ。だが帝国人は嫌いだ。人質としての価値もない一般人に、かけてやる温情はない」
「温情もないし、余裕もない」
「翼‼︎ 」
翼の挑発に慌てたのはリンだった。だがリンの予想に反して、センジョは激昂することはせず、ただ俯いてため息を吐いた。
「その通りだ。我らより武器も兵力も勝る革命軍に包囲され、この上怨霊騒ぎとなれば、余裕などあるはずがない」
「兵力?子どもばかりですよ」
センジョは肩を竦めた。そう言えば無用心にもセンジョは手ぶらでこの場にいる。手袋もしていない。
「関係あるかね?ここは武術大会じゃない。戦場だ。相手が誰でも射たれれば死ぬ。傷口から弱って死ぬ。爆発に巻き込まれて死ぬ。人は脆い」
「怨霊騒ぎはこの町にも危険が? 」
「あれほどの強さならば、奴らは自分たちの目的を果たそうとするだろう」
センジョは初めて翼の目を見て、一言一言噛んで含めるように話した。
「怨霊の目的は一つ。自らの怨みを晴らすこと。餓死した子どもは食べ物を、殺された兵士は復讐を求める」
「あの怨霊の目的は?検討がついているんでしょう? 」
センジョは翼から目を逸らし、再び墓地を見つめた。
「あの怨霊の正体は、恐らく青キ大虎」
リンが唾を飲み込む気配がした。
この島にやってきた最初の帝国人たちの将、青キ大虎。その名を知らない者は、この場にいなかった