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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
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ここにいるのは⑤

「だって疑いようもなく、貴方は良い子だもの。良い子っていう言い方、私は好きじゃないけどね。大人にとって都合が良い子って意味で使われることが多いから」


リンはいわゆる良い子だったのだろう。どこか自虐的な言葉だった。


「でも、報セさんを牢から出したのは、翼でしょ。凪を連れ出したのも、翼でしょ。こうやって私と話しているのも、翼でしょ。私は翼と話せて楽しいよ。貴方がいてくれて本当に嬉しい。それはきっと、報セさんも凪も一緒。貴方が生きていることが、心から嬉しい。大袈裟かしら?そんなことないと思うわ。他の誰でもない貴方と、こうして語り合えることを私は神に感謝している。私は間違っているのかしら」


翼は黙っていた。


「翼より上手くできる人がいたって、そんなことはどうでもいいのよ」


「だけど……」


「だけど? 」


「死んだ人も不幸な人も報われないよ。こんな人間が「こんな? 」


翼の繰り言はリンに断ち切られた。


「私もやりがちだから人のこと言えないけどね。自分で自分のこと嫌ってたって、誰も褒めてくれない。誰も喜ばない。卑屈だろうが自信満々だろうが、悪意をぶつけてくる輩はいるし、自分が嫌ってる自分が全てじゃない。己を律することと、嫌って虐めることは違うのよ翼。必要なのは誰かの許しじゃない。貴方自身が許すのよ、他の誰でもない黒キ翼の存在を」


感情が昂ったのか、リンは大きく息を吸った。


「私も私のことが許せない。親友をお門違いにも恨んだり、いつも失敗ばかりで大切な人さえ守れなかったり、生まればかり呪ったりしている私が嫌い。でも今あるものを、昨日の明日を、過去の未来を、切り開いてきたのは私なの。辛いことも、大切な思い出も、全部私が創ったもの。翼、貴方もそう。今日を創りあげたのは、貴方でなければならなかったの」


潤んだ瞳に映る影の、肩が震えていた。


「リンも悩んでたことがある?ものすごく下らないことで」


「くだらない悩みなんてないよ。でもあえて言うなら、世界から見ればものすごく小さなことで、死にたくなったことがある」


「でも死ななかった」


「死ななかったよ。だからここにいるの」 


「リンが死ななくて良かった……」


死ななくて良かった。死んでいたら逢えなかった。だから。翼は深く息を吸って、吐き出すと同時に言葉にした。


「俺も、ここにいていいのかな? 」


リンは微笑んだ。出会った時とは違うけれど、その先にある笑顔で。


「もちろん!顔を上げて、周りを見て。貴方を中心に、世界が広がっている。その全てが間違っていたと思う?貴方はそんなにこの世界が嫌い? 」


「……嫌いじゃないよ」


「私もよ。辛いことばかり。でも愛おしい。間違ってばかりよ。数え切れないほどの罪を犯したし、大切なものを失った。それでも愛おしいものが、やりたいことがこの世界にあるから、天命が尽きるその時まで私は生き続ける。迷ってばかりで、見失うこともあるけど、私はそう決めたのよ。私の育ての母親ががね、死ぬ前に、この町に生まれてくる全ての子ども達をよろしくって、言いやがったの。随分と大きなものを託されたものだわ。……翼はどうしたいの? 」


考えてみたけれど、翼にはわからなかった。


「天命って何? 」


リンは視線を宙に向けた。


「そうね。自分のやりたいこと、それを突き詰めると、生きているうちに果たす役割になるんじゃないかしら。私の場合は産婆の仕事かしら。なかなかやりがいがあるわ。未熟だけどね。貴方と一緒よ」


未熟って優しい言葉だな、と翼は思った。未だ熟していない。いつか熟す日が来るのだろうか。


「俺は……まだわかんないや」


「そう簡単に見つかるもんじゃないわ。私もまだまだ道の途中よ。ゆっくり探せばいいじゃない」


「……そうだね」


鼻の奥がツンとした。


翼は軽く目頭を押さえて、空を見上げた。いつの間にか空には星が瞬いていた。


「リン、星が綺麗だね。すごく、すごく綺麗だ」


含む意味はきっと伝わらない。それでいい。


「そうね、綺麗ね」


今こうして二人で同じ星空を見上げているのは、奇跡みたいなこと。翼が山で石を蹴飛ばさなかったら、この空は見えなかった。もしかしたら、もっといいやり方があったかもしれないけど、それを知るすべはない。全ての人は昨日の自分の選択を背負って、生きていかなきゃいけない。当たり前のことがようやく翼にもわかってきた。きっとこの星空を、一生忘れないだろう。


「リン、ありがとう。俺頑張るよ」


「頑張らなくていいわよ、何事も程々にね。手抜きはしなきゃ損なんだから」


冗談めかしてリンは笑う。翼もつられて笑った。くすぐったいような、眩しいようなこの気持ちの名前を、知りたいような、知りたくないような。向けている気持ちが異なることはわかっているし、だからこそリンの言葉に救われるのだろう。


この世界は翼が思っていたよりずっと理不尽で、けれど広い。一週間前は知りもしなかった人のことで、悩んだり喜んだり、助けたり助けられたりしている。


翼は思う。今でもまだ見えてないものだらけで、きっと十年後には今からは想像もつかないような人と出会って、やっぱり悩んだり喜んだりしているのかな。良いことばかりじゃない。でもきっと、大切な思い出が積み上がって、十年後の俺を作っていくんだろう。

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