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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
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ここにいるのは③

 リンは一息入れて、頭を整理した。子どもにこの話をするのは酷かもしれない。リン自身も未だ迷っている問題だから。翼は何かしら感づいている。


 いっそこのまま話さないでおこうか。重苦しい現実など知ってどうするのか。青の民が帝国を憎む理由を具体例とともに知ったところで、翼が何か得をするのか。ただ徒らに傷つけるだけではないか。誤魔化してしまうこともできる。子どもは守ってやらなければならない存在だ。


 だが、守ることと軽く扱うことは違う。子どもだからこそ、その疑問は真摯に受け止めて、できる限りの答えを出さなければならない。リンはそう思う。真摯な問いには、こちらも真摯に答えなければならない。これから話すことは、翼が突きつけられた壁、青の民が抱える帝国への憎悪そのものとも深く関わっていることだから。


「少し長い話になるけど聞いてくれる? 」


「うん」


まず墓のことから話そう。


「あのお墓があった墓地は、子どもを埋葬するためのものなの。それは話したわね。私は霊能力がないからわからないけど、あそこの怨霊は子どもばかりじゃなかった? 」


「確かに子どもしかいなかった」


リンは軽く唇を湿らせた。


「子どもが死んでしまう理由って何が多いかわかる? 」


「子どもの方が体力がないから、病気が重症になりやすいとか? 」


「そうね。それと残念ながら死産、流産も多いのよ。産婆としてとても悔しいことだけど」


翼にも察しがついたらしい。面白いほどに表情が曇った。


「お察しの通り、私の親友が死んだのと親友の娘が死んだのは同じ時。親友が身篭ったまま死んだとも言うわね」


青ざめた翼の顔が誰かに似ている。誰に似ているのだろう。リンはふと考えた。考えている間、翼が息を殺しているのが伝わってきた。


「この近くに帝国軍の基地があったの」


「……ごめん、それ以上言わないで」


翼がリンの言葉を遮った。死刑宣告でもされたかのような表情が誰に似ているのか、唐突に悟った。リン自身だ。親友ことヒナが行方不明だと聞かされた時のリンに似ている。顔も知らない兵士がヒナの心を壊し、ついには命を絶たせたのだと、気がついていながらも認めたくなくて、変わり果てたヒナを見つけるまで、リンは裁かれる直前の囚人のように顔を強張らせていた。


「俺は酷いことを言ったね」


こんな状況で子ども生まれるのかな。翼の一言が、親友を貶められたようで悲しかった。それは事実だけど、リンはそれを酷いことだとは思わなかった。翼と同じように生まれ、同じように育ったら、きっと同じことを言うから。


「いいえ。貴方は何も知らなかったもの」


心からの言葉だから、届いて欲しい。リンの願いは、誰のための願いなのか、本人にもわからなかった。翼のため、リン自身のため、それともヒナのため、いくらでも考えられるけれど、少なくともこの場をやり過ごすためでない。


「だけど俺の言葉で傷ついたから、墓参りなんてしたんでしょう」


そうだ。だけどそれだけじゃない。


「いいえ、違うのよ翼」


わかってちょうだい。


「嘘だ! 」


翼は頭を振った。


「もう、いいよ。リンが優しいのは充分すぎるくらいわかったよ。俺が全部悪かったんだ。知らなかったじゃ済まない」


結局、傷つけてしまった。上手くいかない、生まれてこの方。迷惑をかけてばかり。心配をかけてばかり。傷つけてばかり。


「……私こそごめんなさい。私もセンジョと同じね、自分の苦しみを貴方に押し付けてしまった」


現実はいつもままならない。


「違う、違うよ、そんなこと言わせたんじゃないんだ……」


翼は立ち上がって、歩き回った。本当に優しい子。だから伝えたかった。


「なんで嫌われているんだか、よくわかったよ。好かれるはずなんかないよね」


そうだけど、そうじゃない。上手く伝わらなくてなくて、悲しい。


「俺は冷静だよ。リンが俺のこと、庇ってくれて嬉しかった。でもさ、俺、嫌われてたらしょうがないって割り切れるほど、大人になれないんだよ……」


思いつめないで、自分を責めないで。


「なあ、その子と俺、何が違ったんだ。何で俺は生まれて、その子は死んだんだ。俺はその子より、生きている価値があるっていうの」


何も違わないよ。ヒナの子どもだって貴方と同じように生きていく価値があった。ヒナに生きていて欲しかった。でもヒナは死んでしまって、生き返ることは絶対になくて、ヒナとその子どもの生きていく価値はヒナ自身が否定した。


 リンは悔しかったのだ。ヒナがこの世界を見限ってしまったことが。自分に価値はないと切り捨ててしまったことが。もちろん悲しかった。引き止められなかった自分を責めたりもした。自分がどこまでも無力だと思い知った。帝国人を憎んで、帝国軍を憎んで、ヒナを助けられなかった全ての人を憎んだけれど、心の中では気づいていた。この不幸はありふれた不幸で、特別でもなんでもなくて、誰を憎んでも親友は返ってこない。神は生きている彼女に救いを与えなかった。


 リンにとってヒナは世界への窓だったけれど、ヒナが死んでも世界は続いたし、ヒナにとってリンは捨て去ってもいい存在だった。ヒナの娘の墓に通うほどには、ヒナの墓参りができないのは、恨みがあるから。どうして生まれてくる罪なき命を殺して、この世界を捨てたのか、ヒナの十分すぎるほどの苦しみを無視して、問い詰めてしまいそうになるから。


 翼はリンを優しいと言った。リン自身は自分を優しいと思ったことはない。自分を守ることが上手くて、他人に興味がなくて、ただそれだけだと思っている。


 翼に、自分に価値がないなんて、そんなことは思って欲しくなかった。それは死への第一歩だ。

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