ここいいるのは②
翼の思いを余所に、リンは目を丸くした。
「私、貴方のせいで苦しい思いをしたことなんて、ひとっつもないわよ」
反論しようと口を開きかけた翼を遮って、リンは続けた。
「帝国が大好きっていう青の民は、たしかに少ないわよ。でもだからって、青の民がみんな貴方のことを嫌うわけじゃない。しつこいようだけど、センジョのはただの八つ当たりよ。貴方に図星を指されたから。貴方はセンジョや私達より恵まれているかもしれないけれど、それは貴方を傷つけていい理由にはならないわ。そう言ったでしょ。私はこの菱の島では恵まれている側の人間よ」
翼は出会った時の凪の瞳を思い出した。虚ろなあの瞳。リンもカジカもセンジョも、あそこまでは追い詰められていなかった。それでも素直に認められなくて、翼は言い募った。
「そりゃあもっと不幸せな人間は、探せばいくらでもいるだろうさ。でもだからって、苦しさが消えるわけじゃない。なんでこんなに嫌われているのか、俺にもよくわかってないけど、不幸だったから俺みたいな人間が嫌いなんだろ。さっきだって、俺のこと庇ったら野次られてたじゃないか」
リンは肩をすくめた。
「元から嫌われているだけ。黙ってたって同じよ。魔女だのなんだの、色々言われているから」
「本当に? 」
「本当に」
力を込めて話したリンは、実は言葉ほど自信に満ちているわけではなかった。けれどそうも言っていられないほど、目の前の翼は小さく丸まって、いつもよりずっとずっと小さく見える。リンは先程の騒動を振り返って、どうしてこの子のために怒ったのか、自分でも驚いていた。怒りを表現するにはなかなかに気力が必要だ。揉め事も面倒だ。何か言われたところで、自分のことなら受け流すことができる。傷つかなくなったわけではなく、ただ疲れるのが嫌だから。センジョが怒りを収めてくれる人で良かった。下手したら殺されていたかもしれない。
「一つ、ききたいことがあるんだけど」
翼の瞳がリンを射抜いた。
「亡くなった親友の娘の墓に、わざわざ夜中に行ったのはなんで? 」




