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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
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冒険の始まり③

 脱出経路を探るため、二人と一柱は土牢を出ることにした。


 報セは手早く見張りと自分の服を交換し、兵士に化けた。見張りが持っていた鍵束と武器も回収した。見張りの二人は、よく眠っていた。いびきまでかいている。


 見張りが持っていた武器は、鏃杖という。


鏃杖とは、この菱の島でよく取れる心石から作った武器のことである。心石とは、古くから使われていた、心を持ちその意思によっえて人に力を与えるとされる、不思議な石だ。特殊な技を使うことで、石は様々な働きをする。例えば風でも消えない火をつけたり、砂漠に湖を作ったり。けれどその技というのは難しく、一つの技では一つの事柄しか生み出せない。技を例えて、心石と心を通わせるというが、言葉を持たない相手と心を通わせるのは難しい。氷上の武人、すなわち南の島々に住んでいた翼の先祖は心石を刀に使い、大きな武力を得た。石の刀は鉄以上に強力だ。しかしそれは一人一人の技量によりけりで、また大きな石を使った精巧な刀でなければ、鉄の刀と変わりなかった。


しかし七十年ほど前、ある遠い国で、心石に幾何学模様の一種を埋め込むことで、誰でも特定の事柄を生み出せることが発見された。この発見は世界を変えた。菱の島で反乱が起きるようになったのも、それまで武家が独占していた武力が誰にでも使えるようになったからである。氷上帝国では武家の力が弱まり、それまで軍人になれるのは武家の子弟に限られていたが、それが平民にも開放された。現在では女を含む十八歳以上に兵役の義務がある。


鏃杖は心石の力が尽きるまで、鏃を飛ばすことができる。杖の持ち手が膨らんだような形で、杖の先で目標を指し、心石でできた持ち手の幾何学模様に触れると、杖の先から鏃が飛び出して目標を攻撃する。尽きない鏃を持つ杖、略して鏃杖という名前がついた。


「そう言えば」


シイ神さまが翼に忠告した。


「今のお前に鉄や木の武器での攻撃は効かない。鏃杖の鏃も同じ。だが、心石そのものは霊としての性質も持っている。くれぐれも気をつけるのだ」


シイ神さまは宙に浮くと翼の目の前で止まった。


「姿を消す方法を教えてやろう。我自身は普通は霊能者以外の目に見えない。が、親切でこのように顕現しているのだ。しかしお前の霊体は諸事情で誰からも見えるようになっているからな。姿を消せた方が良かろう。無言で姿を消したいと念じるのだ」


消えろ、消えろ、消えろ……。心の中で念じてみる。すると冷たい風に包まれるような心地がして、足を見てみると、足がなかった。


「すっげぇ! 」


思わず声に出すと、冷たい風はかき消えて、元の半透明の足が現れた。


確かめてみたところ、念じると姿が見えなくなり、声を出すと元に戻るらしい。これは便利だ。


「だが気をつけろ、霊能者には見破られるのだ」


「はいはい」


「はい、は一回!」


そんなにいないだろ、霊能者。翼は油断していた。


 いよいよ土牢の外に出た。


土牢の外には同じような格子がいくつかあった。人が捕まっているのかと思い翼は下に降りてみた。だが報セのいた土牢以外は、人がいた痕跡はあるものの、もぬけの殻だった。


 みんなどこに行ったんだろう……、嫌な予感がして、翼は背筋が寒くなった。痛みは感じなくても背筋は寒くなるんだな、と別のことを考えて気を紛らわせる。土牢に人がいなかった事を伝えると、報セは、覚悟は決まったとでも言うように、ただ頷いた。


近くに工場のような建物が一つだけあったので、そこに行って、見張りの状況などを偵察することになった。


それにしても涼しい。まばらに生えている木は、翼には馴染みのない針葉樹が多い。夏なのにこんなに涼しいのは、ここが帝国最北の菱の島だからなんだろうな。翼は地理の授業で教わったことを思い浮かべた。


菱の島は我が氷上帝国最北の島です。旧氷上暦元年、初代将軍が氷上を統一した時に、氷上帝国の領土となりました。唯一神を信ずる青の民が住んでいます。たくさんの島が連なる氷上帝国の中でも、本島に次ぐ大きさを誇っています。氷上有数の思い石の産地です。現在は青の民が独立を求めて謀反を起こしていますが、我が帝国軍が必ずや謀反人どもを殲滅してくださることでしょう。


確かこんな感じだった。翼はけして勉強が得意ではないが、厳しい家のしつけと本人の努力のおかげで、成績は悪くなかった。地理の知識は試験に出たため、よく覚えていたのだ。


ということは、ここの武装組織は青の民の謀反人ということだな。翼は考えをまとめた。青の民は唯一神を信じているらしいが、翼はその唯一神という考え方がよくわからなかった。


 もっと具体的に書けば、神が一人しかいなかったら不便じゃん!シイ神さまみたいなのが一人だったら世界は終わりだ!と思っているということである。が、翼と青の民ではそもそも『神』の捉え方が違うのだ。


翼は氷上帝国で一番多い民族『緋の民』の出で、一般的な多神教を信仰している。家には祖霊を祀る祭壇があり、夏は近くにある神殿の祭りに参加している。万物に神が宿ると考え、生まれ変わりを信じている。熱心な信者ではないが、困った時は


「我が祖霊よ、山の神よ、海の神よ……」


と唱える。そういう習慣だった。宗教というよりは生活に基づいた呪いの寄せ集めのようなものである。髪には霊力が宿ると考え、髪を短く切るのは死んだときとと戦場に行くときだけである。翼も肩甲骨の下あたりまで髪を伸ばして、頭頂部で一つに結んでいる。


一方で青の民は、世界を創造した唯一神を信仰している。シイ神さまのような存在は、神ではなく強い霊、すなわち精霊ととらえる。精霊も神の下に位置する。たとえ先祖であっても人間を祀ることは禁止されていて、生活の細々としたことまで規定される戒律がある。髪の毛は、彼らにとって特別な意味を持つものではなく、むしろ世俗的なものの象徴として、短く切ったりする者も多い。青の民と呼ばれるのは、彼らの宗教を表す色が青だからである。また神と、その下にある人間と自然を表す象徴として、正三角形が使われる。そのため信者は右耳の耳たぶに、正三角形の耳飾りをつける。


氷上帝国は緋の民のような多神教信者が大多数を占め、もはや氷上人または帝国人といえば緋の民のことを指すことが多いが、わずかながら青の民のような少数民族も暮らしている。現在反乱を起こしているのは青の民だけだが、その昔、教科書にも登場する初代の大将軍が、島々を統一し氷上帝国の礎を築くまでは、戦の多い土地であった。翼はその事を、知ってはいるが解ってはいない。


翼が考えごとをしながら歩いているうちに、一行は目指していた建物に着いた。思っていたよりは人がいないのが気がかりである。

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