ここにいるのは①
膝を抱えて座っていると
「翼」
声をかけられて、翼は振り返った。
「一人で悩むと、ろくなことがないわよ」
リンはそう言って微笑んだ。
「リンは落ちたら死んじまうだろ。危ないから帰れよ」
闇に紛れているとはいえ高所に立つのは、落下だけではなく射殺される危険もある。翼の主張は理にかなったものだったが、
「嫌よ」
と素気無く断られた。
「私がこうしたいの」
そう言われてしまうと、追い払いようがない。翼は一人になるのを諦めた。リンは翼の隣に腰掛けた。口を開いたのは、翼が先だった。
「……さっきはありがとう」
「必ずしも貴方の為じゃないわ。私、ああいう雰囲気大嫌いなの。気にしちゃ駄目よ。アレはただの最低な八つ当たり。貴方の見た目がいかついおっさんだったら、誰もあんなこと言わないもの。怒って当然だけど、怒りに支配されないようにね。怒るのって疲れるから」
風がリンの長い髪を軽くなびかせた。夜風に吹かれているその少し縮れた髪を、翼は美しいと思った。
「正直あまり怒ってはいないんだ。たくさんの人に怒鳴られたから驚いたけど、センジョさんには謝られたし。カジカのことほったらかして、リンに任せっぱなしなのは良くないと思う。だけど、そんなこと言ってられないくらい、あの人が追い詰められてるのは充分すぎるほどわかったから」
リンは額に手を当てた。
「理解があって嬉しいわ。センジョは今はあんなだけど、頼れる人がみんないなくなって、以前とは変わってしまったのよ。カジカの面倒見てるのは、私も納得してることだから気にしなくていいわ。翼に言われたこと気にしてるみたいでね、夜はセンジョが面倒見るって」
「そう」
翼はぼんやりと遠くを見ていた。もうすっかり夜だった。
「リンは帝国が憎くはないの? 」
「好きではないかな。色々あったから。でも国なんて馬鹿でかいもの、憎んだってしょうがないでしょ。私に見えている帝国と、貴方に見えている帝国はまったく違うだろうし、どちらが正しいってもんでもないわ。帝国のせいで青の民が苦しんでるのは事実かもしれないよ。でも青の民の現状を、帝国だけのせいにもできない。少なくとも私を家から追い出したのは帝国じゃない。現在というものは、何か一つの原因から出来上がるわけじゃなくて、たくさんの過去が組み合わさって出来るのよ」
センジョとは対照的に、至って平静にリンは帝国について語った。
「そうかな」
翼は納得がいかなかった。
「そうよ」
翼はどちらかといえば楽観主義者だったが、今は何もかも悪いようにしか考えられなかった。リンの言葉も裏があるのではないかと疑ってしまう。
「でも、リン自身も苦しい思いをしたでしょう? だから俺のことだって……」
好きではない、よね。そんな言葉が浮かんだけれど、口に出すのが辛かった。リンが少しでも肯定する素振りを見せたら、もうここにはいられない。




