鹿毛馬市の長い一日11
「お前になんて言われなくてもわかってる。俺のせいで家族には迷惑をかけている。俺が軍で頑張ってたら、弟たちも父さんも母さんも死ななかったかもしれない!ああそうさ、俺のせいだよ! 」
「そこまで言ってな「だけど!」
センジョは翼の弁明を遮った。
「だったら俺はどうすれば良かった?挙兵しなければ良かった?黙って殴られていれば良かったのか?たしかに受けた屈辱をなかったことにして、ヘラヘラ笑ってれば良かったのか?なあ答えろよ!俺は努力した、理解しようと歩み寄った。それに対しての報酬は、侮辱、暴力、虐殺だ。理不尽すぎて笑えるよ。俺の親友がなんで死んだか教えてやる。上官に殴り殺されたんだよ。死ぬまで殴られたのさ。命乞いの機会もなく、何度も何度も何度も何度も! 」
肩を震わせながら、睨んでいるのは翼個人ではなかった。自らが受けた帝国からの仕打ち、その全てに対する怒りが、憎しみが、瞳の中で燃えている。ゆらりとセンジョは立ち上がった。
「俺たちは耐えてきた。自由も富も言葉も奪われて、それでも耐えてきたんだ。最初からおかしかったのさ!俺たちの犠牲の上に成り立ったものなんて、全部ぶち壊して仕舞えばいい。奪われたものを取り返すんだ!お前にはわからない。お前には絶対にわからない。俺たちの受けた屈辱をお前は何も知らない! 」
そうだ、そうだと誰かが言った。いつの間にか人々が周りを囲んでいた。敵を打ち果たさんと、憎しみに燃える瞳。それもまた正義だ。
「何故俺たちばかり奪われなければいけない!何故生まれによって持つ者と持たざる者が決まる?人の間に貴賎はないのに!神の秩序は今この瞬間も、犯され壊され続けている!お前が飯を食ってるその間に、俺たちの島では子どもが飢える。お前と同じくらいのの少女が侮辱される。お前が机に向かって本を読んでた時、俺たちの島では村が焼かれていた! 」
夜の闇の中で、センジョは吠えた。もはやその瞳は、翼とはまるで違う方角を向いていた。
「生まれながらに持っている者にはわからない。奪われ続けてきた痛みなんて!戦わなければ得られたものもあっただろう、だが屈辱の中で生きるくらいなら死んだ方がマシだ!平穏な暮らしを犠牲にしてでも、奪い返さなきゃいけないものがある。俺たちがやらなきゃ、子どもたちが苦しむ。戦いの中で死んでいった仲間の為にも、立ち止まってはならない! 」
カジカが泣き出した。だが熱狂する人々にその姿は映らない。
「奪われたものを奪い返せ!神もご照覧あれ、正義は我らにあり!俺たちの受けた屈辱を、あいつらにも味あわせてやる。失ってから喚くがいいさ!せいぜい後悔して泣けばいい。泣いて喚いたところで、失ったものは戻らない! 」
人々は熱狂の渦の中にいた。家族、友人、恋人……。そこにいる多くの人が誰かを失っていた。彼らは疲れていた。だが憎しみは彼らを戦いへと駆り立てる。失ったことのない幸福な人々。彼らから奪うのは、自らの権利であると信じて疑わない。
「センジョ」
その熱狂を穏やかな声が遮った。