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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
33/80

鹿毛馬市の長い一日⑦

 やがて日が傾き夕方になった。革命軍は攻撃の手を緩めた。市庁舎前広場には未だピリピリとした緊張が漂っていたが、昼間よりはるかにマシになった。連盟軍の兵士達は交代で見張りをしながらも、食事と休憩を取りはじめた。


報セがいつの間にかいなくなっていた凪を探していたので、翼が代わりに探しに行くと、凪は一人でぼんやりと広場の壁を見ていた。


「外が気になるのか?  」


と翼は尋ねたが、凪は答えない。


「外にいるの、革命軍だってな」


仲間が恋しくなったのかと思い、なおも尋ねたが、答えない。翼はしばらく凪の隣に立ち、ぼんやりと壁を見ていた。石造りの壁は厚く高かった。


「戻れないよ」


不意に凪が言った。


「二度と」


翼は凪の横顔を盗み見た。いつもと変わらない無表情。それなのに、いつもよりも幼く見えた。何か言葉をかけたかったけれど、考えあぐねて口を閉じた。せめて気持ちだけでも理解したいと、隣に立ってみたけれど、何もわかりはしなかった。当たり前だ。


まだぼんやりとしている凪を報セの元まで連れていき、翼はリンのいる広場の中央に向かった。姿を見られないようにはしていたけれど、霊能者が少なくとも一人はいることがわかっている以上、意味があるのかは疑問だ。


リンは昼間に見た知り合いの少女と一緒にいた。ふと視線を感じた。少女は丸い目を見開いて翼を見ている。また霊能者だったらまずいなと思いつつ、手を振ってみた。少女は指で三角形を作ると、翼目掛けて突進した。


「あくりょーう、たいさーん!! 」


いやいや、まさか。翼は身を捩って避けたが、少女の起こした突風に煽られ片膝をついた。


「痛ぇな、おい! 」


思わず口にした。しまった、と思った時にはもう遅く、翼は半透明な姿を晒していた。


「異教徒……」


唸るように少女は言う。あからさまな敵意にまたかと思う反面、翼は今更ながら理解する。停戦中とはいえ、帝国軍と鹿毛馬市のなんたらとか言う勢力は敵同士。明らかに青の民とは違う服装の、半透明の人間がいたら、悪霊扱いするのも無理はない。なぜ攻撃できるのかなど疑問は尽きないが、それは後でシイ神さまに尋ねよう。


「待て待て、俺は敵じゃない! 」


凪にも似たようなこと言ったな。翼は懐かしく感じた。ほんの三日前のことなのに、随分昔のことみたいだ。


「じゃあ、なんなの?異教徒じゃないの?なんでリンにつきまとってんの? 」


「つきまとってねえ!ちょっと心配で見てただけだ! 」


「なんであんたが心配すんのよ。あんたはどこの誰なのよ! 」


「そ、それは……」


翼は言い淀んだ。嗚呼、なんで俺がこんなに頭を使わなきゃいけないんだ。策略なんて俺は苦手だ。正解がわからない。


「名前は黒キ翼。たしかに俺は帝国の人間だよ。訳あって今は生き霊だけど、普段は本島に住んでる普通の中学生。君たちの敵じゃない。害はない。わかってくれよ」


策略なんて苦手だ。だから翼は、直球で勝負することにした。


「怨霊に負けそうになったとき、リンに助けられたんだ。だから、心配で見てただけ。報セさんって人を無事に送り届けるためにここまで来たんだ。俺が嘘ついてるように見える? 」


「……リン、それは本当? 」


「ええ、そうよ」


リンは力強く頷いた。その様子から、翼の言葉は信頼に足ると判断されたようだ。


「なら、いいわ」


子どもだからこそ、少女は勘が鋭く物分かりが良かった。翼の言葉に嘘がないことを理解したようだ。


「変な真似したらぶっ殺すけどね」


翼自体は信頼はされていないようだ。


「本当に生き霊なの?リンは見えないみたいだけど、カジカは霊がよく見えるの。あんたみたいな変なの、見たことない」


「カジカは俺が姿を消してても見えるのか。すごいじゃないか」


ふふん、と少女は得意げに鼻を鳴らした。少女の名前はカジカというらしい。


「そうよ、カジカはすごいのよ」


カジカは気をよくしたらしい。カジカはおさげに編んだ髪の毛を、指でくるくると弄んだ。


「カジカはすごいから、毎日誰も遊んでくれなくても気にしないわ」


「誰も? 」


「リンは遊んでくれるから大好き。カジカはリンと遊ぶから、あんたはどっか行くといいわ」


チラリとリンを見るとリンは眉尻を下げていた。困ったものね、と言いたげだ。リンだって、今日はもともと仕事のために山を降りようとしていたのだから、そう暇でもないはずだ。カジカの親は何をしているのだろう。リンは朝から面倒を見ているのだから、そろそろ疲れているだろう。


「うーん、俺は今暇だからさ」


「暇だから何よ」


カジカは再び三角形を作った。


「いや、そうじゃなくて。俺と遊んでくれない?俺も構ってくれる人がいないんだ」


本当だった。報セは無理が祟って休んでいたし、シイ神さまは報セにつきっきり。凪のことも見ていてくれている。


「……いいけど」


カジカはまたおさげ髪をいじっていた。


「どこか人があんまりいないところ知らない? 」


翼は兎角目立っていた。

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