鹿毛馬市の長い一日⑥
広場の片隅には重傷者が集められていた。広場にはたどり着いたものの、鏃杖や袋石による攻撃で怪我を負い、すでに息絶えた者もいた。
翼は報セの元を離れて、リンを探していた。リンは無事である、というシイ神さまの言葉を聞いていなかった翼は気が気でなかったのだ。
しかしながらリンはすぐに見つかった。
「リン」
声を出すと姿を消すことができないので、なるべく小声で話しかけると、リンも小声で返してくれた。
「翼、怪我はない? 」
リンが話しかけてきた。
「怪我なんかするわけないだろ。俺は大丈夫」
「そうね。ありがとう、翼。無事、逃げられたわ」
「礼とか要らないよ」
さあ、これからどうしよう。色々なことが多すぎて、翼は思考停止気味だった。
「山藤と凪は無事? 」
「無事だよ。荷物を持ち出してくれたから、後で確認して」
「今どこにいるの? 」
「さっきまで一緒にいたよ。今時間、大丈夫? 」
「ちょっと待ってね」
リンは小走りで六歳ほどの少女に駆け寄ると、何か耳打ちして戻ってきた。
「知り合い? 」
と翼が尋ねると、
「そうよ。待たせてるからすぐに戻らないと」
とのことだった。
報セは広場の壁に寄りかかり、荷車の横にへたり込んでいた。凪が持ってきたらしき水を飲んでいる。
「山藤どうしたの?足でも挫いたの? 」
珍しく慌てるリンに、報セはバツが悪そうに頭をかいた。
「いや、火事場の馬鹿力を使いすぎてね。ただの筋肉痛だよ」
いつも通りの笑みを浮かべるも、リンはまだ心配そうだった。
「本当に?ギックリ腰とか笑えないわよ」
報セはひらひらと手を振った。
「安静にしてれば大丈夫だよ。この通り元気だ」
「そう……まあ良かったわ。二人とも無事なのね」
リンは一応は安心したようだ。
「申し訳ない。十人ほど兵士が来たもんで、君の家は明け渡してしまった。持ち出せるものは持ち出したから、確認してもらえるかい? 」
「ええ、もちろん」
報セ達が持ち出して来たのは、箪笥の中の衣類と薬籠、それから鍋だった。本も数冊ある。あの小さな家にあるものは、あらかた持ち出したのではないだろうか。
「こんなに持ってくるの大変だったでしょう?無理しなくてよかったのに」
そう言いながら、リンは荷物を点検した。しばらく報セと話すと、リンは小急ぎで言葉を交わした少女の元へ戻っていった。