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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
30/80

鹿毛馬市の長い一日④

「あたたたたた、腰が、腰が痛い……」


帝国人は門のすぐ側でうずくまった。肩に担がれていた少年は、飛び降りたはいいもののどうしていいものかわからず呆然としている。部下は彼らを囲んで鏃杖を向けた。


「報セさん! 」


先程まで気配を消していた霊が、帝国人目掛けて走った。驚いている部下を威嚇するように、帝国人を背中に庇いながら腰にさした刀の柄に手をかける。


「お前ら杖を下ろせ」


命じながらセンジョは手袋を嵌めた。手袋には特殊な刺繍が施されており、彼の持つ霊能力を攻撃に利用できる。普通は人間から霊を攻撃するのは、余程強い霊能力がなければできないが、心石に幾何学模様を組み合わせて利用するように、模様で霊能力を強化することができるのだ。


 青の民は帝国人のように霊を崇めることはしないが、霊能力者は一定数存在し、生活に役立ててきた。怨霊の出現しやすい墓場に結界を張ったり、心石の産地であることから独自の技術も発達した。センジョの手袋は、旅をしながら説話を伝える僧が授けたものだ。


 さて、と。


 センジョは闖入者をよく観察することにした。相手の情報は少しでも多く欲しい。三十すぎの男と青の民らしき少年、妙な子どもの霊、はっきりとはわからないがもう一体霊の気配がする。山の中にいるような精霊の類かもしれない。


 三十路男と姿を見せている霊は、明らかに帝国人(霊)だ。髪が長く、耳飾りはしていない。三十路男の方は衣服からして貧乏人だが、霊の方は裕福なのだろう、着ているものの仕立てがいい。動き方にも武術の心得が窺える。まあ霊に裕福も貧乏もないと言われればそれまでだが、どうも人間くさい霊なので人間のように見てしまう。死んだ人間とは思えない人間くささである。死人の強い思いが霊に変わるのはよくあることだが、そうは見えない。十代前半の子どもだが、若くして死んだ悲哀や怨念の類が全く感じられない。かといって山や野に住む元からの精霊とはまた違うようだ。


 しみじみと観察してしまうのは、ひさびさに見るまともで健康的な子どもだからだろうか。菱の島の子どもは痩せこけているか、兵士か、あるいはその両方ばかりで健康優良児は久しく見ていない。センジョは胸に刺すような痛みを感じた。何の為に挙兵したんだか。挙兵しても島民の生活は変わらず、むしろ長引く内戦状態に、日に日に悪くなっていく。センジョは無力だった。


 奇妙なのはこの帝国人たちが、青の民を連れていることだ。こちらはもう見慣れてしまったが、痛々しい少年兵だ。類稀な美貌の持ち主だが、それを除けば死体で転がっている敵軍の兵士とさほど変わらない。独立革命軍は少年兵を大勢連れている。脱走兵だろうと予想はつくが、自力で脱走するような生気を感じられない。帝国人たちが連れ出したのだろうか。


 こちらに観察されていることに気まずくなってきたのか、妙な子どもの霊が口火を切った。


「そちらに危害を加えるつもりはありません。通していただけませんか? 」


部下が鏃杖を下ろしたのに合わせ、あちらも刀の柄から手を離しているものの、相手に少しでも攻撃の意思が現れたら返り討ちにしてやろうと、右足をわずかに後ろに引いている。こうすることで、足を揃えている時よりも素早く踏み込みができるのだ。刀に手をかければ明確に攻撃する意思の表明になるが、これは相手に気づかれにくい。やはりこいつは刀術の経験があるな、とセンジョは思った。


「怪しい者を市民と一緒にするわけにはいかん」


と答えると、霊に向かって手をかざした。センジョの手から霊能力が風となって流れ出る。普通の人間には感じられないが、霊は警戒を強めた。


「お前ではなく、そっちの大人と話したい。退け」


霊は刀の柄に手を伸ばしかけたが、ちらりと後ろを振り返ってやめた。賢い子だ。場の空気はこちらが握った、とセンジョが慢心してしまったところで、


「どこから知りたいですか?沼ノ少尉」


と三十路男が口をきいた。部下の顔色が青ざめたのを見てようやく、センジョは自分が怒気を発していることに気がついた。痩せ型で猫背で、センジョより背が低いが小柄ではない、特に印象に残るものはないごく普通の帝国人が、一番呼ばれたくない名前でセンジョを呼んだ。


「退官した。もはや少尉ではない」


「そうでした。軍人らしい態度でしたのでつい」


人を食った笑顔で言い放った三十路男は、ポリポリと頭を掻いた。この男は顔も凡顔だ。強いて言うなら垂れ目だ。


「いや、僕は取材でこの島に来ました。報セ山藤といいます。貴方のことは人伝によーく聞いています。が、独立革命軍さんにとっ捕まえられましてね?悪気があって来たわけじゃないんですよ。そこんとこわかってくださいます?ん? 」


「……」


記者。なるほど。ここに来た理由は検討がつく。こちらに不都合なことしか書かない連中だ。センジョの偏見に基づく不快感を他所に、三十路男は言葉を続けた。


「わかってくださる?やあやあ流石。こちらさんは格が違いますね、格が。やあやあやあ」


大袈裟な身振り手振りでペラペラと捲したてる。殴りたくなるが殴らないギリギリを攻めてくる。


「あ、そう言えば僕が写真家だって言いました?言ってないですね、すみませーん。いや、そうなんです写真家なんです。僕は話しているうちに話しが迷子になっちまって、全く困ったもんですよ。話しが遭難するそうなんです。何つってね、あははははは」


寒い。早口なものだから、質問を挟む隙間はない。こうも失礼な態度を取られると、怒るだけ無駄な気がする。


「万事こういう人間ですから、このままじゃあんまり哀れだってんで、色んな人が助けてくださる。僕は幸せ者ですよ。今だってほら、心強い仲間がいる」


自称写真家は、話し始めたときから今までずっと笑顔である。


「僕は生まれてこの方、裕福だった試しはないし、初恋の人は別の人を好きになるし、馬鹿だ阿呆だボケだ間抜けだと散々なことを言われて来ましたが、僕は幸せ者ですよ。ええ全く」


「……そうか」


だからなんだ。突然の不幸自慢か。圧が強いんだよ、圧が。センジョは面倒くさくなってきた。


「しばらく僕達を預かってもらえません?敵の敵は味方の法則ですよ。僕に人質としての価値は対してありませんが、それでも帝国人ではありますから、軍はまさか殺せとは言えないでしょう。助けました、引き取ってくれと伝えれば形式上恩を売れますよ。どうです? 」


「そうだな」


人質としての価値はないのか。それ言っちゃうのか。センジョの言葉はただの相槌だったのだが、三十路男は同意ととった。


「いやー流石だな、話しが速い速い。やあ、やあ、やあ!あははははは」


センジョは押し切られた。


「それから水をもらいたいんだけど、どこで貰えるか、教えてくれません? 」


「ああ、それなら市庁舎の脇に井戸がある」


三十路男は簡単な持ち物検査を終えると、二人の子どもを連れて、市庁舎の方へ歩いていった。特に勝負をしていた覚えはないが、謎の敗北感がセンジョの胸を覆った。

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