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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
3/80

冒険の始まり②

 自分は報道写真家であること。先に取材に入り行方不明になった、恩人の写真家の手掛かりを探して、氷上帝国最北の島、ここ菱の島に来たこと。案内人に騙されて、菱の島で反乱を起こしている『独立革命軍』に捕まったこと。どうやら身代金が目当てらしいが、数少ない友人達の他は天涯孤独の身の上で、身代金を払ってくれる当てがないこと。肝心の恩人も、どうやら同じ境遇であること。


「そういえば、君の名前を聞いてなかったね。改めまして、僕は報セ山藤。よろしく」


「あ、そうでしたね。黒キ翼です。南風市立中学、三年二組です」


「丁寧にありがとう。正直なところ、とても頼りにしているよ、黒キくん。無事に帰れたら、お礼をしよう」


そのまま手を差し出す。握手がしたいのだろうが、生き霊の翼には無理なので、握っているように手を重ねた。


「翼でいいですよ。皆そう呼ぶので」


自己紹介が終わったところで、質問の時間だ。


「身代金を払ってくれる当てがないとのことですが、雇い先はどうなんです? 」


「いや僕は特定の新聞や雑誌には所属していないんだよ」


「じゃあ、ご友人は? 」


「みんな金に余裕がないんだ。いくらふっかけられるか知らないが、身代金が払えるほど金を持っていない。それに武装組織がわざわざ友人達に身代金を要求するかな? 僕は彼らの連絡先を喋ったことはないよ」


「じゃあ安心……ではないですね。身代金払えなかったら、下手したら殺されるじゃないですか」


「そうだね」


報セはのんびりと答える。


「……逃げようとしなかったんですか? 」

翼が尋ねると、


「見張りがいるし、そもそもここから出られないし、色々と試してみたけど駄目だったんだよ。それで神頼みをしてみたってわけさ」


それに応えたのがシイ神さまで、巻き込み事故が起きたという訳だ。


「逃げ道とかはわかりますか? 」


望みは薄いとは思いつつ、翼は尋ねた。


「それがわからないんだ。連れてこられた時は目隠しをされていたからね。だから逃げ道を探すことから始めよう。僕が拉致されたのは帝国の支配下にある紅粉市だから、そう遠くない若駒工業地帯のどこかに僕らはいる。耳を済ませても民家の気配はないから、たぶんそうだ。若駒工業地帯は外国企業がたくさん工場を作ったけど、この情勢で撤退してしまったからね。ここはそういう廃工場の一つだろう」


翼は頷いた。報セの置かれた状況はだいたい理解できた。次は現在の翼自身についてだ。


「それからシイ神さま。見張りの人達、なんで眠ってしまったんですか? 」


「生き霊も含む霊に攻撃された人間は、霊の人格が雪崩れ込んで来て脳が混乱するのだ」


「人格が雪崩れ込む? 」


「取り憑かれると言う方が分かりやすいか。取り憑くとは何も、身体を乗っ取るだけではないのだ。混乱させるだけで、脳が考えをまとめるために眠ってしまう。身体を乗っ取るのは、霊の人格にも負荷をかける故、試してはならんぞ」


シイ神さまは意外にも親切であった。


「あの人達の命に別状はないんですか? 」


「ない。命を奪えるのは、この世に深い恨みを持つ怨霊か我のようなとっても強い霊、神だけなのだ」


「それは、安心しました。怨霊と普通の霊って違うんですか? 」


「違う。怨霊は死者の魂が変化したもので、霊はそもそもそういう存在だ。お前のような生き霊は特殊だな。我がお前の魂と人格に霊としての肉体のようなもの、霊体を与えることで霊として存在している。高位の霊能者は自らの霊能力で霊体を作り、生き霊となることができるぞ」


霊能力とは、霊と一部の人間が持っている能力である。人間の場合は人間ならざる者、シイ神さまの言うところの霊が見えたり、話が出来たりする。能力には個人差があり、朧気に気配がわかるだけの者もいれば、霊との交渉や契約によって奇跡にも等しい現象を操る者もいる。


 後者はこの氷上帝国では祈祷師と呼ばれ、祈祷師が神を祀るために社を作ったのが神社、神社を管理するようになった祈祷師を神官という。ちなみに信仰が広まる中で、霊能力のない者も神社の運営に関わるようになり、霊能力の有無に関わらず宗教関係者は僧と呼ばれるようになった。宗教関係者の頂点は皇帝である。


「高位の霊能者と言うと……恐れ多くも畏き辺り? 」

「そこまで高位でなくともできる」


翼の言う恐れ多くも畏き辺りとは、皇帝とその一族のことである。政治の実権は大将軍が握っているため、形ばかりの元首ではあるが、帝国に住む者として敬意を持つよう教育されている。


遠い昔、皇帝の祖先はその神にも等しい霊能力で、天災に苦しむ民を救ったとされる。今よりも医学や科学技術が発達していなかった古代において、力が及ぼす影響は大きかった。しかしその力から、皇帝や神官は死の穢れを忌むようになった。穢れは怨霊を呼ぶ。怨霊との戦いと神社の経営は両立することができない。怨霊と戦って権力を得たにも関わらず、神官たちは戦いを厭うようになったのだ。


 時代は下り新氷上暦元年、氷上を統一した初代大将軍をはじめとする武人たちは、刀を持って自らが穢れを被ることで、皇帝の信頼を得て、権力を握ることができた。皇帝の住む氷上本島より南の島々からきた武人たちは、霊能力を持たぬ者が多かったのである。


 その子孫であるところの黒キ翼も霊能力を持っていない。霊能力とは、隣の組に『視える』生徒がいる、ぐらいの関わりしかなかった。


「怨霊って、復活のために生者を襲うんでしょう?天変地異を起こす奴もいるって言いますけど、そういう強い怨霊が人を殺すんですか? 」


怨霊の仕業、すなわち祟りが疑われる場合は神官や神社に所属していない祈禱師を呼び、怨霊を退治する。


「祟りとされる物の多くはただの病や天災だが、強い怨霊が天変地異を起こしたり人を殺めたりする、というのは間違っていないのだ。だが、生者を襲うのは恨みがあるからで、人を殺めても死者は生き返らないのだ」


死者を生き返らせる術は、この世界にはない。翼はこの後、思い知ることになる。

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