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荒波にもがけ、少年  作者: 刻露清秀
黒キ翼の冒険譚〜出会いと別れと一夏の恋〜
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鹿毛馬市の長い一日③

 リンによって急を知らされた鹿毛馬市の人々は、かねてより避難所とされていた市庁舎前の広場に集まった。独立革命軍の襲撃はある程度予想されていたため、人々の行動は早かった。そのため市庁舎前の広場は人が溢れかえり、大変な騒ぎになっていた。


市の中心部に位置する市庁舎は、鹿毛馬市で一番大きな建物である。帝国軍の空襲にも耐えた。食糧の備蓄も井戸もある。鹿毛馬市を支配している青の民連盟軍は、ここを拠点に籠城する構えであった。


「市民の避難を優先しろ!狼狽えるな! 」


連盟軍の首領は部下を叱咤した。部下は進言した。


「おい、センジョ。そろそろ広場の門を閉めないと敵に雪崩れ込まれるぞ」


「わかっている! 」


センジョというこの男は、士官学校に学んだ秀才である。二十三歳とまだ若い。青い上衣には正三角形の刺繍がある。やつれてはいるが元士官だけあって、引き締まってよく日焼けした肉体は、生物学的強者の威厳を漂わせている。鼻梁と頬骨の高い顔つきは、青の民の典型的な顔立ちである。


この若者が蜂起したのは三年前。軍を除隊し蜂起した当初は、仲間も少なく、ここにたどり着くのは困難な道のりであった。


彼は自らの民族に対する理不尽な差別に苦しんだ。いや、理不尽な差別という言葉は間違っている。差別とはすべからく理不尽なものだ。端的に言えば、彼が帝国から学んだものはそれである。


士官学校時代、盗難事件が起こった。教官は最初から彼を犯人だと決め付けていた。理由は、青の民は貧しく、また教義に異教徒の物は奪っても良いとある、というものである。もちろんそのような事実はない。だが教官は聞き入れず、彼を椅子に縛り付けて海に落とした。危うく死にかけた彼は嘘の自白をした。彼は卒業するまで窃盗犯として扱われた。


彼は帝国では髪を伸ばし、帝国人として振る舞っていたが、できる限りは教義に従おうと思い、休日は耳飾りをつけていた。それをみたある同級生は、くだらない迷信だと笑った。抗議すると


「君達も帝国の民ならば、それらしい振る舞いにするのは当たり前だ。態度には気をつけたまえ」


と的外れな忠告をされた。本気で親切心からでた言葉らしい。家族からの手紙を勝手に読まれ、文法の誤りを馬鹿にされたこともある。彼の母親は学校に行ったことがなく、それでも息子のために字を覚えて手紙を書いていた。学校の寮宛に、青の民に勉強させるなど税金の無駄使いだと投書されたこともある。彼は試験の席次を三番で合格していた。投書はどうやら内部の人間によるものだった。寮では物をよく盗まれた。教官には例によって取り合わず、盗まれた物はよく壊れた状態で見つかった。


何回か私刑にあったこともある。警察は


「まあ、こういうご時世ですから。菱の島では反乱が起きていますし、言ってしまえば敵なんですから」


と相手にしなかった。


我慢に我慢を重ねた。青の民全体のためにも、品行方正な人物であろうと努力した。そもそも士官を志したのは、世のため人のために生きたかったからである。誰かの役に立ちたいという願いは、今なお彼を突き動かす。だが同郷の友が徴兵され、上官からの体罰で死んだ時、彼は帝国を見限ったのだ。


見限ったはずの帝国軍と停戦した時は、正直、口惜しい思いをした。この鹿毛馬市にほど近い故郷の村で蜂起し、西海岸で同じ運動をしていた学生達と合流した頃は、菱の島の約四分の三を手に入れ、よもや独立を勝ち取れるかと予想されるほどの勢いがあった。しかしながら、他の反政府勢力と敵対するようになり、戦闘が続くとジリジリと押されていった。菱の島の民は、必ずしも彼らの味方ではなかった。今まで親切だった人々は、旗色が悪くなると態度が冷たくなっていき、ついには鹿毛馬市など一部の地域に押し込まれることとなった。南東を支配する帝国軍から停戦の申し出を受けた時点で、それを断る余力は青の民連盟軍にはなかった。


センジョはため息を吐いた。思い出に浸っていてもしょうがない。敵は今もっとも勢いのある反政府勢力、独立革命軍で間違いあるまい。目的は同じでも、教義を捻じ曲げ残虐行為に走る奴らとは、どうしても手を組みたくなかった。


センジョは雄叫びをあげた。


「奴らをここでぶっ潰す! みんな、ここが踏ん張り時だ! 」


「応! 」


その時である。霊能者であるセンジョの眼に、怪しい霊が映ったのは。


その霊は憔悴した顔をして、キョロキョロと周りを伺いながら、やって来た。気配を消しているつもりらしいが、霊能者のセンジョにはあまり関係がない。部下には見えていないようだが。


「門を閉じろ」


と命じると、部下は霊など目もくれず、広場の門を閉じてしまおうとした。が、


「ちょっと待ったぁぁぁぁ」


と叫びながら走ってくる帝国人がいたため、その迫力に押され、彼を待ってから門を閉めた。

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